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1984年グリコ・森永事件 元刑事・北芝健が読み解く「未解決事件現場」前編

[増刊大衆06月30日号]

元刑事・北芝健が読み解く「迷宮入り事件」の真相 あの未解決事件現場を歩く

日本中をパニックに陥れた脅迫事件犯人との1年半に及ぶ壮絶な攻防を繰り広げながらも逮捕できなかった原因を探れ!

グリコ・森永事件
1984年から85年にかけて、連続して食品メーカーが狙われた一連の企業脅迫事件。 兵庫、大阪、京都、滋賀と複数の都道府県で発生したことから、全国の警察が協力して捜査に当たる警察庁広域重要指定事件114号となった。 事件の発端は84年3月18日の江崎グリコ社長誘拐と身代金要求。それを皮きりに、グリコ本社及び関連子会社に放火し、青酸ソーダ入り菓子を送りつけるなどして脅迫すると、標的を丸大食品、森永製菓、ハウス食品、不二家、駿河屋と次々に変えて脅迫した。森永脅迫の際は、実際に青酸ソーダ入り菓子を小売店にバラ撒き、日本中を騒然とさせた。 しかし、それぞれ現金を要求するも、犯人が指定した受け渡し場所には一度も現れず、事件は未解決になった。

「けいさつのあほどもえ」で始まる挑戦状
――記憶している読者も多いだろう。「かい人21面相」と名乗った犯人は、警察を嘲笑うかのようにあしらい、マスコミを翻弄し、世間を憤らせた。日本犯罪史上で類を見ない「劇場型犯罪」……それが、グリコ・森永事件だ。
江崎グリコ社長の誘拐から始まった事件は、グリコだけでなく、丸大食品、森永製菓、ハウス食品などの大手企業を次々と巻き込み、現金恐喝や毒物混入などの行為を繰り返した。

その攻防は1年半にわたって繰り広げられたが、事件は未解決に。警察は犯人をあと一歩のところまで追い込んでいたとも言われるが、逮捕に至らなかったのはなぜなのか。また、追い詰められながらも、紙一重のところでかわし、警察とマスコミを手玉に取った犯人は、いったい何者で、何が目的だったのか。元刑事・北芝健が、戦後最大の未解決事件を検証する。

『未解決事件の現場を歩く 激動の昭和篇』¥833(税別)双葉社
封印された「タブー」の真相を独自のプロファイリングで徹底検証。
科学の時代となった現在、いまだ謎残る惨劇の舞台を訪れてはじめて解き明かされる昭和の暗部、そして真犯人――。


攻防 1 江崎グリコ社長の誘拐が事の始まり

「まだあるんだな~。30年以上も前ですからね。もうないかと思ってましたよ」
大阪の茨木市と摂津市の境界付近、安威川左岸の水防倉庫を見て、北芝氏が感慨深げな声を上げた。

この倉庫は、一連のグリコ・森永事件の端緒となる江崎グリコ社長誘拐事件で、江崎勝久社長(当時)が監禁されていた場所だ。背の高い草が生い茂る河川敷にポツンと建つ倉庫は、事件当時、テレビで見たのと同じ姿であった。
1984年3月18日、自宅で長男(11)、二女(4)と入浴中だった江崎社長は、風呂場から誘拐された。そして犯人は、身代金10億円と金塊100㎏を要求した。

だが、指定された受け渡し場所に犯人は現れず、事件は長引くかと思われたが、その矢先の21日、江崎社長は、この水防倉庫から脱出してきたのだった。
「警察に保護された江崎社長は当初、事情聴取にすんなりと応じていたんですが、グリコの幹部が駆けつけたときに、2人で20分ほど密談すると、めっきり話さなくなったんですよね」(北芝氏=以下同)

その後も犯人からグリコへの脅迫は続いたが、社長が救出されたこともあり、
グリコは犯人側の要求に応えなかった。すると犯人は、警察やマスコミへの挑戦状、江崎社長自宅への脅迫電話、グリコ本社及び関連子会社への放火、江崎社長の名前が書かれた塩酸入りポリ容器が発見されるなど、要求拒否への"報復"は過激になっていった。

4月23日、報道機関に届いた挑戦状で、犯人は初めて「かい人21面相」を名乗る。さらに5月10日に報道機関へ届いた挑戦状には、
「グリコをたべて びょう院え いこう」とあり、グリコ製品に青酸ソーダを混入し、バラ撒くという犯行予告の内容だった。
大手量販店はグリコ製品の撤去を始めた。

青酸ソーダによる脅迫は続く。5月と6月、グリコの取引先の香料製造会社に"3億円を出せば青酸ソーダの脅しをやめる"という旨の脅迫状が届く。商品撤去による売り上げ急減に喘いでいた同社は、取引に応じることにした。
3億円の受け渡し場所に指定されたのは、摂津市内の焼肉レストラン「大同門」。犯人の指示どおり、白いカローラと3億円を用意し、指定時間に待機した。車には、エンストを起こすよう細工がしてあった。車内にはグリコ社員2人が待機、トランクにはエンストを起こすスイッチを持った捜査員1人が潜伏し、周辺にも30人ほどの捜査員が張り込んだ。

一人の男が車に近づき、乗り込んで発進。そして車がエンストを起こすと、追尾した捜査員が男を拘束する。だが、それは犯人ではなかった。
犯人は"運び屋"を調達していたのだ。男性の証言によれば、指定場所から約2㎞離れた淀川堤防で車を停めて恋人といたところを襲撃されたのだという。そして犯人は、男性に焼肉店まで行くよう指示すると、一緒にいた女性を別の車に乗せ、誘拐した。ちなみに、この女性は枚方市の光善寺駅前で解放されている。
「犯人は3人組だといいますが、襲われた男性は元自衛官なんです。相手が武器を持っていたとしても、並の男3人だったら、まず負けないでしょう。だから犯人たちも、なんらかの訓練を受けた人間でしょうね」

犯人が一向に逮捕されないことで、警察に対する国民の不満も高まっていた。そんななか、警察は徹底的な捜査を展開し始める。いわゆる"ローラー作戦"だ。
「事件が起きているのが、茨木、摂津、寝屋川、高槻など大阪府北東部に集中していたことから、この地区の80万世帯を一軒一軒しらみ潰しに聞き込みしたんです。でも、警察の威信をかけた捜査も空しく、犯人は見つかりませんでした」

そんななか、6月24日の新聞各紙に、グリコはイメージ広告を出す。
「ともこちゃん、ありがとう。グリコはがんばります」
少女から届いたグリコを激励する手紙を掲載し、それに応える内容だった。その2日後、新聞各社に「江崎グリコ ゆるしたる」と書かれた挑戦状が届いた。
突然の"休戦宣言"だが、事件はこれで終わらなかった。以後、犯人は丸大食品、森永製菓と標的を変えて食品会社を脅迫していった。

特に森永は、実際に青酸ソーダ入りの商品を店頭にバラ撒かれた。
「どくいり きけん たべたら死ぬで」
これまで青酸入りの菓子が送りつけられたことはあったが、店頭で発見されたのは初めて。これを手始めに、兵庫、大阪、京都、愛知のスーパーなどで1週間に13個の青酸入り森永製品が見つかった。
「最初に発見された西宮市のコンビニでは、メガネと野球帽をつけた背広姿の不審な男が防犯カメラに映っていて、その映像が、後に公開されましたね」

これで日本列島は再びパニックに陥り、店頭からは森永製品が一斉に消えた。グリコ同様、森永は大打撃を受け、その損失額は200億円以上とも言われる。
犯人はその後もハウス食品、不二家、駿河屋とターゲットを変えて攻撃した。しかし、11月のハウス恐喝以降、表立って現金が要求されることはなかった。
進展しない状況のなか、極秘捜査を行っていた警察は、徐々に情報を公開していく。特に、10月に公開された女性や子供の声による脅迫電話の録音テープは、世間に衝撃を与えた。年が明けると、切り札とも言うべき"キツネ目の男"の似顔絵も公開された。これには膨大な情報が寄せられるも、犯人逮捕の手がかりは掴めなかった。

そして85年8月12日、「くいもんの会社いびるのもおやめや」と書かれた手紙が新聞各社に送りつけられる。事実上の「終結宣言」だった。
この間、犯人は一度も姿を見せることはなかった。犯人が誰で、何を目的としていたのか、現在も解明されていない。

攻防 2 警察が犯した3度の決定的ミスとは

事件は、なぜ未解決となってしまったのか。北芝氏いわく、警察はある程度のところまで犯人を絞り込んでいたという。
「非常に悔まれる事件なんです。警察は犯人に肉薄しており、逮捕のチャンスも3回ありました。しかし、あと一歩のところで失態を犯す。これがなければ、事件は解決していたはずです。犯人には"幸運"としか言いようがありません」
北芝氏が悔しそうに語る"警察の失態"。その一度目は、84年6月28日、丸大への脅迫で、犯人の現金要求の取引に応じたときのことだった。

その数日前、丸大の社長宅に「グリコと同じ目にあいたくなかったら、5000万円用意しろ」という脅迫状が届くと、丸大は警察に届け出るとともに現金を用意。受け渡しには社員に扮した捜査員が見張り役の捜査員とともに向かった。
犯人からの指示は、国鉄高槻駅から京都行き各駅停車の後ろから2両目に乗り、窓から白い旗が見えたら現金の入ったバッグを放り出せというものだった。
「しかし、社員に扮してバッグを持った捜査員は、先頭車両に座ったんです。これは作戦でした。違う場所に座れば、犯人が探し回るかもしれない。すると、その策にかかったかのように、車両を移動する不審な男が現れたんです」

癖毛の頭髪に鋭い目つき……これが後に"キツネ目の男"と呼ばれる人物だ。だが、捜査本部から職務質問の許可は下りなかった。電車内で張り込んでいた7人の捜査員は、尾行するも、京都駅で見失う。
「現場を押さえて、一網打尽にするというのが、本部の方針だったんです。確かに、不審人物を職質したところで、とぼけられたら、それ以上の拘束力はないですからね。下手に動けば、犯人に警戒されます。でも、この男は間違いなく犯人の一味です。なにせ違う現場に再度、現れているんですから」

それが2回目の失態の現場だ。11月に入ってハウスが脅迫されたときのこと。これが一連の事件で最大のヤマ場だったと言えよう。
「ハウスの総務部長宛に現金1億円を要求する脅迫状が届いた1週間後の11月14日、滋賀県にある名神高速道路の大津サービスエリアに向かえとの指示があったんですが、そこに張り込んだ捜査員が、キツネ目の男を目撃しているんです」

一連の事件で犯人が現金を要求する場合、指示のあった場所に行くと、そこには次の場所を指定するメモがあり、そのメモの場所に行くと、またメモが……というケースが多く、このときもそうだった。まず、京都市内のレストランで待つと、国道沿いのバス停に向かえと指示され、そこにあったメモの指示どおりに、京都南インターチェンジから大津に向かったのだ。 攻防 3 キツネ目の男になぜか職質せず!?

「大津サービスエリアで犯人を目撃したのは、丸大の取引のときに電車でキツネ目の男を見た捜査員です。さぞ、職質したかったでしょう。しかし、ここでも本部からの指示は"尾行のみ"でした」
またもや警察は、その男を見失ってしまった。
警察官はなぜ、そこまで上からの指示に忠実なのだろうかと思ってしまうが、
「指示を無視するのって、ドラマではよくありますが、現実ではあり得ない。人事考課に赤字で"捜査指示を無視"って書かれたら昇進はストップ、飛ばされることだってあります。私の知人は、警視庁の本店から新島の派出所に異動になりました。だからと言って、辞めたところで、再就職先の斡旋すらなくなってしまうんです」

警察官の場合、依願退職すると、警察の外郭団体や警備会社などの再就職先を紹介してもらえるのだが、それもない。つまり、指示を無視すると、家族が路頭に迷ってしまう。そのくらい、警察官にとっての捜査指示は"絶対"なのだ。
犯人の指示で現金を持参した捜査員は、大津から草津パーキングエリアに向かうと、今度は"そこから5㎞先のフェンスにかかった白い布の下の空き缶に手紙がある"との指示。しかし、指定の場所に白い布は見つかったが、空き缶はなかった。結局、今度も犯人は姿を現さなかったのだ。

実は、この頃、3回目の失態が起きていた。白い布がかかった付近の高速道路高架下の一般道に白いライトバンが停車しているのを、偶然通りかかった滋賀県警のパトカーが発見していた。警察官が近づくと、ライトバンは急発進、パトカーも追走したが、草津駅前の商店街で見失ってしまう。
その直後、商店街の外れでライトバンは発見されるが、乗っていた男の姿はなかった。車には改造されたアマチュア無線が残されており、その周波数は警察無線の「滋賀一系」にセットされていた。

結果として不審人物を取り逃がした県警、そして今回の現金取引のことを県警の警察官に連絡を徹底していなかった捜査本部……警察は激しく非難された。
「これが一番決定的だったんじゃないかと思います。あのとき職質していれば、展開は違ったでしょうね。ハウスの事件に対する捜査本部の方針は、大阪府警が単独で行うというもので、高速道路から50mのエリアに、滋賀県警は入るなと言われていたんです。滋賀県警は捜査本部から相手にされていなかったんです」

攻防 4 滋賀県警が犯人を追いつめていた!?

3つの失態を見てもわかるとおり、上層部と現場の温度差、封建的な上下関係、自治体ごとに縄張り意識の強い縦割り組織など、警察の体質が未解決になった原因の一つではないかと、北芝氏は指摘する。
「でも、滋賀県警、すごいですよ。大阪府警に真っ向から対立しようとしていた」
滋賀が大阪を中心とする合同捜査本部と対立?
「入るなと言われていたにもかかわらず、高速付近にパトカーがいたのは、滋賀県警の幹部があえて現場に伝えなかったからじゃないかな。事実、滋賀県警の捜査員は秘匿で大津サービスエリアに張り込み、キツネ目の男を目撃しているんです」

だが、捜査本部の方針から、職務質問というスタンドプレーは見送られた。
「でも、考えて見てください。これまでの犯行の舞台は大阪と兵庫ばかりです。滋賀に行くとは誰も予想していなかったはず。それなのに、捜査本部に秘匿で捜査を行ったということは、もしかしたら、滋賀県警は感覚以上のネタを掴んでいた可能性があると思うんです。そして犯人も、それに感づいたんじゃないか」

確かに、このときから「終結宣言」まで、犯人は脅迫をしてはいるが、現金の要求や直接の現金取引を一度も要求していない。
「滋賀県警に追いつめられたことが、犯人にとって脅威だったのかもしれませんね。これ以上続けたら捕まると、察したんじゃないかな。警察無線を傍受していたこともバレましたからね」

だが、事件が終わるきっかけになったのは、それだけではないという。
「決定的なのは、滋賀県警本部長の自殺でしょう」
犯人を取り逃がし、批判を浴びた滋賀県警の本部長が、退任発令直後の85年8月7日、本部長公舎で灯油を被り、焼身自殺をしたのだ。これが一連の事件で、唯一の犠牲者だったとも言える。その結末は、自殺した本人も遺族も含め、あまりに痛ましすぎるものだった。
「テロ行為などを行う連中の中には、犠牲者を出さないことを矜持とする者も多いんです。"終結宣言"が送られたのは、この5日後。そこにも、本部長の自殺があったから、もうやめると書かれていました」

滋賀県警の本部長は、ノンキャリアからの叩き上げで異例の出世をした人物。さらに、周囲からの人望も非常に厚かったという。
「責任感が強すぎたんでしょう。激しい非難に耐えられなかった」
それと、もし滋賀県警が何か掴んでいたのだとしたら、本部との板挟みも相当辛いものだったはずだ。
「でも、警察の失態だけではありませんよ。私が掴んだ情報から推理するに、この未解決事件の背景には、想像を絶するほど深い闇がありそうなんです」
想像を絶するほど深い闇とは何か? 次回、事件の本質と、「かい人21面相」の正体に迫る。

監修/北芝健


北芝健(きたしば・けん)
警視庁の元刑事。捜査一課特捜本部(一課外捜査員)、公安外事警察捜査員を歴任し、退職後は漫画原作者、作家、空手家、犯罪学者として活躍。近著に『刑事捜査バイブル』(双葉社)、『誰も知らない暴力団の経営学』(日本文芸社)、『20歳若返る美肌のつくり方』(ロングセラーズ)など多数。



『未解決事件の現場を歩く 激動の昭和篇』¥833(税別)双葉社

封印された「タブー」の真相を独自のプロファイリングで徹底検証。
科学の時代となった現在、いまだ謎残る惨劇の舞台を訪れてはじめて解き明かされる昭和の暗部、そして真犯人――。




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