日刊大衆TOP 娯楽

【武豊】 騎手が着る勝負服にも武豊流を!

[週刊大衆08月24・31日号]

ボートレース戸田
https://www.boatrace-toda.jp/
GⅢ 戸田マスターズリーグ第10戦・週刊大衆杯

人生に役立つ勝負師の作法 武豊
騎手が着る勝負服にも武豊流を!


あれは、5月の末頃だったでしょうか。
今年の夏の気温は例年並みか、やや低め……天気予報でそう言っていたのを耳にした記憶があるのですが、蓋を開けてみると、32~33度の真夏日はまだマシ。時間と場所によっては35度を超える猛暑日があり、ちょっとすると、人の体温を超える37度、38度ということも珍しくありません。

――おい、おい。
言ってみても始まりませんが、ここまで暑い日が続くと、やっぱり誰かに文句を言いたくなるのが人情です(苦笑)。

冬は寒風吹き荒ぶ風の中で、夏はがんがん照りつける太陽を浴びながら、寒サニモ負ケズ、暑サニモ負ケズというのが騎手の宿命ですが、他のことを気にせず、勝負に徹することができるのであれば、それに越したことはありません。

もっとも、最近は勝負服も素材やデザインが改良され、メッシュのエアロタイプが出現。こんなことを言うと、オヤジ世代の大先輩たちにどやされそうですが、昔に比べると、だいぶマシにはなっています。

そして、ほとんどの人はご存じないでしょうが、初めてこのエアロフォームを日本に持ち込んだのが何を隠そう、僕……武豊なんです。
あれは、海外の雑誌か何かだったと思います。アメリカのジョッキーが妙な勝負服を着ていたのが気になって、初めてアメリカに行ったとき、現地の騎手にお願いして着させていただいたのですが、これが、すごく良くて。見た目はボディコンみたいで恥ずかしかったのですが、肌に密着した素材は空気抵抗を小さくし、馬への負担を明らかに減らします。

1馬身以上の差ならともかく、鼻差の勝負となったときは、このエアロを着用しているかどうかが勝負の分かれ目になるかもしれない――エアロは当時の僕に、そう思わせるだけのスグレモノでした。
もう一人の師匠が実現に協力して…

ただし、事は思ったようには運びませんでした。まず、協力してくれる業者がいません。どれだけ力説しても、「そんなの無理でしょう」と僕の横から離れていってしまう。 そのときに浮かんできたのが、武田作十郎先生と並んで僕のもうひとりの師匠とも呼ぶべき、浅見国一先生の顔でした。

エアロ使用の第1号は、浅見国一厩舎のヤマニングローバルがデビューした1989年9月17日の阪神第1レース。パートナーは同じく浅見国一厩舎のヤマニンノッカーで、3番人気でこれをポンと勝つと、第4レースの新馬戦、ヤマニングローバルは馬なりのまま、3馬身差の大楽勝。レース後、してやったりという満面の笑みで、先生と顔を見合わせていました。

浅見先生と取り組んだエアロフォームの誕生秘話と苦労話は、まだまだいっぱいあり、それはまた、いずれお話ししたいと思いますが、騎手の勝負服を見るのも競馬の楽しみ方のひとつですから、暑さを乗り越えて、ぜひ今週は、競馬場に足を運んでください。


■武豊 プロフィール
1969年3月15日、京都生まれ。1987年の騎手デビュー以後、通算3500勝、日本人騎手初の海外GI制覇、年間200勝突破など数々の金字塔を打ち立て、現在も活躍中。

【武豊】 騎手が着る勝負服にも武豊流を!

この記事が気に入ったら
をしよう

いいね!

@taishujpさんをフォロー

大衆のオススメ


オススメタグ


人気記事ベスト10


日刊大衆公式チャンネル


Copyright(C) 日刊大衆 Futabasha Publishers Ltd. All rights Reserved.