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歴史に残る名脇役! プロ野球「いぶし銀」の職人選手BEST10

[ヴィーナス8月4日号]

歴史に残る名脇役! プロ野球「いぶし銀」の職人選手BEST10

人にはそれぞれ役割がある。会社にしても、仲間内でも。野球においてもそれは同じ。"記録よりも記憶"の男たちに迫る――!

「子どもの頃からエースで4番」という歌にもあるように、プロ野球の舞台に立てるのは選ばれし人間だけ。
だが、全員がエースや4番打者になれるわけではない。長嶋茂雄、王貞治、野茂英雄、イチロー……といった大記録を持つスーパースターの陰には、与えられた役割を淡々とこなす、地味だけどチームになくてはならない「いぶし銀」の存在が、いつの時代にもあったのだ。
そこで本誌は、9つのポジション+DH別に、プロ野球史に残る仕事人10人で「渋すぎるチーム」を作ってみました!

まずは投手――。
「昔は、チームで一番運動神経がいい選手が投手になるという風潮がありました」
とスポーツ紙記者が話すように、投手は野球の華。その中で最も仕事人っぽい役割なのは中継ぎだろう。それも、左打者一人だけを相手にするワンポイント。その先駆者といわれているのが、永射保。

71年に広島に入団した永射が開花したのは、トレードで太平洋クラブライオンズ(現・西武)に移籍してから。左のサイドスロー、さらにインステップというフォームは、まさに「左殺し」。広岡達朗監督のもと、ワンポイントとして3度の優勝に貢献した。
「ロッテにいた最強外国人助っ人の呼び声高いレオン・リーは、永射を大の苦手にしていて、右打席に立ったこともありました」(スポーツ紙デスク)
ピンク・レディーの名曲『サウスポー』のモデルとしても知られる流れるようなフォームは、ファンの心に焼き付いている。
スローカーブを素手で捕る!?

続いてチームの頭脳である捕手。野村克也、古田敦也、谷繁元信など、数多くの名捕手はいても、中嶋聡ほど体が頑丈な選手はいないだろう。
現在、日本ハムのバッテリーコーチを兼任している中嶋は、今年でなんと46歳で実働29年だ。
「重労働の捕手で、これだけ長年現役でいられるのは、とてつもないことです。体が頑丈すぎて、オリックス時代には星野伸之の投げたスローカーブを素手でキャッチしていましたよ」(夕刊紙記者)
まだまだ引退の二文字はなさそうだ。

続いては、難航を極めたのが一塁手。というのも一塁手は、強打の選手の指定席だからだ。
そこで今回は、本職ではないが、晩年は一塁を守っていた水口栄二を選んだ。
松山商業時代は、甲子園に出場。一大会における最多安打記録(19安打)は、今なお破られていない。
近鉄に入団後は、小技が上手い選手に成長。プロではシーズン最多犠打を3回記録するなど、玄人好みするツウな選手だ。現在、野球教室で講師を務める水口に話を聞いた。
「当時の近鉄はブライアントがいたりと凄すぎでした。あの打線の中に食い込むために必死でしたね。バントは簡単そうに見えて難しい。毎日、ひたすらバント練習をしていましたよ」

続いて職人気質の選手が多い二塁手。その中で選ばれたのは、松永浩美やイチローに続く2番打者として活躍していた福良淳一。
二塁手連続無失策守備機会836という偉業を成し遂げている。ところが、同時期の西武に辻発彦がおり、ゴールデングラブ賞を一度も獲っていないのだ。
そんな福良は現在、オリックスの監督代行として指揮を執っている。
「福良さんは本当に普通の人。本音は監督よりも教える立場にいたいから、恐縮してますよ。選手にもヘッドコーチと呼ばせていますから。麻雀が大好きで、選手にも勧めているんだけど、あまり乗らないみたい」(オリックス担当記者)
監督代行というのも、いかにもいぶし銀らしい。

強打の選手が守ることが多い三塁手は、ヤクルトの土橋勝征だ。眼鏡と、バットを極端に短く持つフォームがトレードマーク。日本一に輝いた95年は3番を打つなど、野村監督の信頼は厚かった。
「右方向への流し打ちは芸術的で、成績以上にいやらしい打者でした。笑うことも少なく、まさに仕事人ですね。実は、いぶし銀とはかけ離れた性癖の持ち主という話もありますが(笑)」(ヤクルト担当記者)

性癖はさておき、内野の要の遊撃手はどうか。華がある選手が多い中で、本誌のイチオシは近鉄の吹石徳一。俊足・堅守がウリで、規定打席には一度も到達していないものの、1000試合出場している。
「そんな準レギュラーの吹石ですが、二桁本塁打を3度も記録しています。80年の日本シリーズでは第2戦で逆転3ランを放つなど、パンチ力も魅力でしたね」(前出のスポーツ紙デスク)
娘は女優の吹石一恵。父と同じく、なくてはならない女優へと成長した。 イチローよりも上手い外野手

内野の次は外野の3選手。まず左翼手は、中日と広島で渋い働きを見せた音重鎮。音と聞いて、「巨人の斎藤雅樹のノーヒットノーランを打ち砕いた」と言う人は中日ファン、「ホームランボールをキャッチした」と言ったら広島ファンではないだろうか。
「中日時代、あの全盛期の斎藤から9回1死から代打で初安打を放ち、その後、落合の逆転サヨナラ3ランという流れは今でも語り草になっています。広島時代の忍者キャッチも伝説になっていますね」(前出のスポーツ紙記者)
ちなみに娘の音華花はアイドルユニットに所属していたことがある。いぶし銀の娘は美人になる!?

センターラインの要の中堅手には、名手であったオリックスの本西厚博。
イチロー、田口壮とともに鉄壁の外野陣の一角を担っていた。「イチローよりも守備が上手い」と自負していたほど。
「本西さんは常々、イチローの守備は無駄が多すぎると話していました。見せるプレーになっていると。本西さんは引退後、多くの球団でコーチを務めていますが、"ダイビングキャッチをするのは本当のファインプレーじゃない。難しい打球を普通にキャッチするのがプロ"と、選手たちに話しています」(スポーツライター)
守備でトップに上りつめたイメージが強いが、89年には規定打席には到達しなかったものの、打率・302を記録。目立った記録はないが、球史に残る外野手と言えよう。

右翼手には、南海、ダイエーで活躍した湯上谷宏(後に登録名を竑志に変更)。二塁や遊撃を守ることが多かったが、どこでも守れるユーティリティプレーヤーなので外野で選出。
眼鏡とヒゲという風貌で、90年から92年までフル出場を果たす。91年には30盗塁をマークするなど、活躍を見せた。
「湯上谷さんは、引退後も守備範囲が広いんです。ダイエーのフロントに入って営業を担当したり、合宿所の寮長を務めたり。話してみると、野球選手というより、普通の会社員みたいですね」(ソフトバンク担当記者)

ここで守備につく9人は揃った。トリを飾るのはDH。このポジションも外国人が埋めることが多く、なかなかいぶし銀が少ないが、やはり、ここは"最後の南海戦士"である大道典良(後に登録名を典嘉に変更)しかいないだろう。
ぽっちゃりな体を小さく曲げ、バットを短く持つという変則打法で、3割を超えるハイアベレージを幾度となく記録している。
「打撃の能力だけにしたら天才だと思いますよ。投手が何球か投げただけで癖をつかんでしまうみたいですから」(前出の夕刊紙記者)

ダイエーで活躍後は、06年に巨人へと移籍。"代打屋"として、終盤の切り札として09年の日本一に大きく貢献した。
「日本ハムとの日本シリーズ第5戦に代打で同点タイムリーを打ったんですが、一塁ベース上で何度もガッツポーズをしていたのが印象的です。打席に入る前は、チームメートが声をかけられないほど、極限まで集中していたそうです」(巨人担当記者)
プロ生活22年。長年にわたって培ったものが、あの一打席に集約されていた。

こうして10人を振り返ってみると、やはり「人気のセ、実力のパ」と昔からいわれていたように、いぶし銀はパ・リーグに多くいたようだ。
150キロを超えるストレートに、場外へと消えていくホームラン。それも醍醐味だが、送りバントや流し打ち、ファインプレーに見せない技術。プロ中のプロが見せる熟練の技に注目だ。

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