日刊大衆TOP 娯楽

【武豊】〝ホースマンとは〞を教わった亡き恩師の生き様

[週刊大衆09月14日号]

人生に役立つ勝負師の作法 武豊
〝ホースマンとは〞を教わった亡き恩師の生き様


新しいことにチャレンジするのは、頭で思っているほど簡単ではありません。
サラリーマン、自営業、ドライバーのみなさんの世界も、同じだと思います。

これを取り入れたら、きっと結果が変わってくるはずだ――そう思っていても、実行するのは一苦労。自分一人のことならどうにでもなりますが、他の方の協力がないと一歩も前に進まない場合は、さらに大変です。

先日、このコラムで、浅見国一先生に相談し、はじめて日本の競馬にエアロフォームを導入したことについて書きましたが、なんとか実現できたのは、先生の情熱と、こうと思ったらゼッタイに引かない押しの強さがあったればこそです。

スポーツ専門のメーカーに協力していただき、試作を重ね、なんとか完成したものの、今度は競馬会の許可が下りない。普通はここで諦めるのでしょうが、先生は違いました。

――なぜだ!? なんで許可が下りないんや。

トレセンの事務所でダメなら、直接、本部へ。理由を聞くと、レーシングプログラムに載せる勝負服にはボタンがあるからというようなことを言われ、「そんなん、オレが書いたる」と啖呵を切ったという、嘘のようなホントの話もありました。

騎手として564勝。調教師として785勝。積み重ねた白星もそうですが、先生が競馬界に残したものは、とても数字で推し量ることは出来ません。新しい馬具や馬の胃腸薬の導入。今では当たり前になっているゴム製の腹帯を試したのも、馬運車による当日輸送を試みたのも浅見国一先生が第1号でした。
競馬界を変革した発想力と行動力!

まだまだあります。坂路調教の効果をいち早く認め、その導入に尽力されたのも先生です。それまで東高西低と言われていた競馬界の勢力図が、ガラリ一変したというのはあまりにも有名な話です。

「そんなじゃダメだ」
「もっと考えて乗れ」

先生には、数えきれないほどたくさん叱っていただきました。そして、それと同じくらい、褒めていただきました。

「ユタカ、おめでとう!」
「ユタカ、頑張ったな」

今でも、ふとした時に、先生の笑顔を思い出すことがあります。
ホースマンとして、どうあるべきか。真のホースマンとして、どう生きるべきか――先生に教えていただいたことは、今までも、これからも、僕の中で生き続けます。
競馬だけじゃない。きっと、どんなことでも同じなんだろうと思います。

――これを使ったら、どういう結果が生まれるんだろう!?
先生のように想像し、ワクワクできる人が、夢をつかみ、それを実現させるのだと思います。

今週末、9月5、6日は小倉競馬。メインは、6日に行われるGⅢ「小倉2歳S」です。僕もパートナーのファビラスヒーローとともにワクワクしますので、みなさんも、スタンドでワクワクしてください。

■武豊 プロフィール
1969年3月15日、京都生まれ。1987年の騎手デビュー以後、通算3500勝、日本人騎手初の海外GI制覇、年間200勝突破など数々の金字塔を打ち立て、現在も活躍中。

【武豊】〝ホースマンとは〞を教わった亡き恩師の生き様

この記事が気に入ったら
をしよう

いいね!

@taishujpさんをフォロー

大衆のオススメ


オススメタグ


人気記事ベスト10


日刊大衆公式チャンネル


Copyright(C) 日刊大衆 Futabasha Publishers Ltd. All rights Reserved.