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SMAPを捨て勝負に挑んだ森且行が「オートレース界」に与えた影響

[別冊週刊大衆 運命をつかみ取る「勝負師」たちの「勝つ生き方」]

SMAPを捨て勝負に挑んだ森且行が「オートレース界」に与えた影響

 若い世代にはもうピンと来ないかも知れないが、かつてSMAPは6人組であった。活動の途中で1人は『オートレースの世界』へ転向し、すっかりメディアには登場しなくなった。その男・森且行は現在40代となり、オートレースの世界で唯一無二の存在となっているのだ……。

 川口オートレース場(通称・川口オート)は、東京のベッドタウン、埼玉県川口市郊外にある。船橋オートレース場、浜松オートレース場など、オートレース場は全国6カ所に存在するが、なかでも川口オートは売り上げ、人気とも1位を誇り、全国オートレース場の頂点に立つとも言われている。もっとも、正直、競馬などに比べると、玄人好みとでも言うべき?レース展開も相まって、ファンは中高年の男性が多いようだ。川口オートもその例外には漏れない。だが、他のレース場との相違点もある。それは、妙齢の淑女たちが一見場違いに見える装いで、熱心にレース展開を見守っている場面に出くわすことだ。

 この淑女たちのお目当ては、S級レーサー・森且行選手(41)である。G1タイトル2回をはじめ、タイトルを数多く勝ち取ってきた選手だが、かつてはいわずと知れた芸能界のトップスター、SMAPの元メンバーだった。彼は人気絶頂だった1996年、突如としてSMAPを脱退。子供の頃からの憧れだったオートレースへの挑戦を表明した。SMAPとしての活動は約8年間。最近でこそ、ファン層が入れ替わってきたことと、芸能界の「特殊な事情」が相まって森のSMAP時代はごくまれな例外を除き語られることがなかった。しかしSMAP在籍時の森はメンバー初の連ドラ主演を果たすなど、間違いなく中心的な存在だった。ベテランのスポーツ紙芸能担当記者はこういう。

「SMAPで歌が上手いと言えばまずキムタクを思い浮かべると思うが、実は森はキムタク同様、歌が上手だった。それに香取慎吾と並んでも引けをとらない長身もある。突然のオート転身で芸能界を辞めてなければ、現在の芸能界地図は変わっていた可能性もある」

 森のSMAP脱退と芸能界引退を語り始めたらそれだけで紙幅が尽きるため割愛するが、そんな人気者の森が当時、年齢制限があったオートレース界に22歳というギリギリの年齢で飛び込んできたのである。オート界が騒然となるのは当然の成り行きであろう。

 当初、芸能人になにが出来る……という一部のやっかみや、冷淡なメディアの対応などもあったが、森は淡々と、だがしかし、情熱的にレーサーへの道を歩み始めた。養成期間中の落車骨折により、デビューこそ遅れをとったが、いざ実戦に臨むと、新人王決定戦で優勝するなどその勝負強さはさすが。デビュー直後から最上位のS級に登ると、一時、不振期こそあったものの、41歳(2016年1月現在)のいまもS級を維持する実力者として君臨している。

 そして実力とともに、衰えないのがその人気だ。ジャニーズに所属していた芸能人は、事務所を辞めてもファンがそのままついてくるケースが多い。ましてやSMAPの森である。川口オートに姿を見せる森ファンの淑女などはその典型例だといえる。だが、最近はその風潮に若干の変化もあるそうだ。別のスポーツ紙記者の話だ。

「単に元ジャニーズというだけではないオーラが森にあるのは確か。ときに強引にも見える勝負のかけ方などには賛否両論もあるが、中高年の男性オートファンにも森のレースを支持するものは少なくない。まあ、女性ファンと違って、男性ファンは森が負ければ罵声に変わるのですがね」

 オートレース界全体を見ても森且行の存在は大きい。けっしてメジャー感があるとは言えなかったオートレースにとって、森の貢献が陰に日向に多かったことはみなが認めるところだし、現在もなお「森頼み」の側面があることも否めない。川口オートが初のナイターレースを開催したときのポスターもやはり森である。

 しかし、それと同時ににわかに脚光を浴びたオートレース界内部にも様々な影響を及した。まず変わったのは、レーサーたちの意識だ。始めこそは、ぽっと出の人気者に負けたくない……という対抗心もあったかもしれないが、森のレースに取り組む真摯な姿勢やその力量を認めたのか、森の持つポテンシャルに注目を集めることが多くなったのだ。

 また、髪型などのファッションに関しても、森の影響は大きい。むろん、レーサーである以上、身勝手な格好をするワケにはいかないが、森の洗練された髪型や身のこなしに少なからぬ影響を受けたレーサーもいた。特に名前はあげないが、森そっくりの髪型にしたレーサーもいたくらいだ。また、茶髪率が増えたのも森以降が多く、もともとレーサーという「モテ」アドバンテージがあっただけに、彼らの女性人気も上昇していったのだった。

 森が与えた影響は選手だけではない。森目当てであっても、女性ファンが足を運んでくれることは業界にとっては嬉しい兆候である。場内清掃の徹底や売店の充実など、地道なこころみから、オートファン以外へのPRも積極的に打ってでるようになった。また、森も子どもの頃からのあこがれであり、自身を受け入れてくれたオートレース界への思いがあるのだろう。これまた積極的に「看板」としての役割をつとめている。これは、一般メディアにオート絡みのこと以外ではほぼ露出しないこととは対照的と言えよう。そしてそれこそが、いまの森のスタンスなのである。

 ある意味、65年の歴史を誇るオートレース界は、森以前と森以降で大きく変化したと言ってもいいかもしれない。森以前は、中高年男性ファンのギラついた情熱がほとばしる(いまもその気はあるが)ギャンブル場。そして、森以降は「格好いい」レーサーが走る明るいレース場の趣も出てきた……といった具合だ。

 その森以降の時代を象徴するように、新たなスター選手も出て来ている。森より四期あとには青木治親(川口所属)──いうまでもなくバイクファンなら、誰でも知っている1995、6年のロード世界選手権125ccのチャンピオン──あの青木三兄弟の三男である。さらには、元ロードレース全日本選手権の250ccクラスのチャンピオン、青山周平(船橋所属)も現在はオートレース界に身を投じている。

 そして、これは森効果とは言えないかもしれないが、森がオートに入って以降、44年ぶりの女子選手が誕生している。佐藤摩耶(川口所属)、そして悲劇のレーサー・坂井宏朱のふたりである。佐藤は元モトクロスライダー、坂井は永井大介(船橋所属)に憧れてと、けっして森が転身の要因ではないが、およそ半世紀ぶりの女性レーサー誕生はファンを喜ばせた。

 しかしそのふたりのスター候補のひとり、坂井宏朱は2012年1月15日、船橋オートレース場の走行練習中に落車……27歳にして儚くなってしまった。だが、彼女の生きざまは人々に多くの感銘を与え、いまなおそのファンは多い。佐藤はそんな悲劇を乗り越え、44年ぶりの女子オートレーサーとして業界を引っ張り、いまも益春菜(川口所属)ら6人で「男社会」へ挑戦し続けている。

 それらのすべてに、森且行が影響しているわけでは、むろんない。しかし、森がSMAPという芸能界の頂を投げ出してまで飛び込んだ場所。それがオートレースだったことは、様々なイメージアップ効果があったのは間違いない。やはり、森の転身は正解だったのある。

<文・鈴木光司/別冊週刊大衆『運命をつかみ取る「勝負師」たちの「勝つ生き方」』より>

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