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あの人は今?おニャン子、ビューティペア、他「懐かしの女性アイドルグループ」大検証!

[週刊大衆03月14日号]

あの人は今?おニャン子、ビューティペア、他「懐かしの女性アイドルグループ」大検証!

 若かりし頃に熱中したトップスターたち。その踊って歌う姿は、いつまで経っても色あせない。彼女たちは今どこで何を!?

 歌手デビュー10周年のAKB48に、乃木坂46、ももいろクローバーZ、E-girlsと、アイドルグループが群雄割拠する昨今。結成19年目のモーニング娘。も、全盛期のメンバーこそ1名も残っていないが、まだまだ第一線で健在だ。20世紀の終わりから長く続くグループアイドル黄金時代だが、その系譜は、半世紀以上前から始まっている。このページでは、時代ごとに男たちの胸を熱くしたアイドルたちのその後や、“今”を検証したい。

 まず、グループアイドルの元祖といえば、『恋のバカンス』『ウナ・セラ・ディ東京』などの大ヒット曲を連発した双子の姉妹、ザ・ピーナッツだろう。デビューは1959年のこと。老舗レコード会社の元社員はこう振り返る。「彼女たちは、老若男女に愛される正真正銘のスターでした。それだけにデビューから16年後、75年に引退したときは衝撃的でした。以来、表舞台に二度と戻らなかったことで、2人は“永遠の存在”になったんです」 引退後に沢田研二と結婚した(後に離婚)姉の伊藤エミは2012年に他界。一方、現在74歳の妹のユミは、静かに暮らしている。

 一方、芸能プロの元マネージャーが、「個性の異なる女の子の集団という意味で、後のグループアイドルの源流だ」と語るのがレ・ガールズ。西野バレエ団の人気メンバーだった金井克子、奈美悦子、由美かおるらによる5人組である。60年代後半に、バラエティ番組『レ・ガールズ』(日本テレビ系)や、ドラマ『フラワーアクション009ノ1』(フジテレビ系)に出演していた。「当時の少年たちには、たまらなく色っぽいお姉さんだったんです」(団体職員) 後に女優に転向した由美かおるは、映画『同棲時代-今日子と次郎-』(73年)で白い肢体を披露。ファンに衝撃を与えた。「現役で活動する由美、金井、奈美は、今も往時と同じプロポーションをキープしている。驚異的ですよ」(前出のマネージャー)

 50年代、60年代に続き、70年代初頭はまだグループアイドルの数自体が少なく、全員がハーフという触れ込みの5人組、ゴールデン・ハーフの独壇場。そして73年に、いよいよキャンディーズが登場する。アイドルにも詳しいエッセイストの下関マグロ氏は、「メンバーのタイプがバラバラなので、“俺はランちゃん派だ”“スーちゃんがかわいい”“いや、ミキちゃんだ”と、盛り上がることができた。そして、途中から“スーちゃんが好きだけど、ミキちゃんもかわいく思えてきた”と、応援するメンバーをチェンジできる楽しさもあった」と、しみじみ語る。「全学連ならぬ“全キャン連”なるファン組織が自然発生的に誕生。グループアイドルの応援形態が、ここでほぼ完成します」(前出のレコード会社元社員)

 当時の熱狂的なファンの一人に、自民党の石破茂衆院議員がいる。「ウェブで<キャンディーズ 石破>と検索すると、若き日の石破氏がメンバーと一緒に写った写真が引っかかるほどです」(前同)

 人気絶頂期の78年に電撃的な引退を遂げた3人だが、数年後にランこと伊藤蘭、スーこと田中好子は女優として復帰。また、しばらくして伊藤は水谷豊と、田中は故・夏目雅子の兄にあたる男性と結婚した。一方、ミキこと藤村美樹は期間限定で歌手に復帰をするも、再び芸能界を去った。藤村が、再び公の場に姿を見せたのは、2011年、乳がんにより55歳で他界した田中の葬儀の席である。「伊藤と藤村は病床に付き添い、田中の最期を看取ったといいます。また、葬儀会場では“蘭さん、美樹さん、ありがとう。2人が大好きでした”という生前録音された田中の肉声が流され、ファンの涙を誘いました」(スポーツ紙記者)

 キャンディーズから遅れて3年、「予定されたフォーク路線ではなく、一転して、セクシー路線でのデビューでした」と音楽関係者が語るピンク・レディーの登場も、衝撃的だった。「キャンディーズは、妄想を膨らませる楽しさがありました。対照的に、ピンク・レディーの肌の露出が多い衣装に腰を振るダンスと、直接的なアピールがよかったんですよ~!」(前出の下関氏)

 しかも、大人だけではなく、日本中の子どもたちがミー(未唯mie)とケイ(増田恵子)に夢中になった。その人気は、まさに“国民的アイドル”。全盛期は、テレビをつければ必ずどこかのチャンネルに2人が出ていた。「81年の解散以後、2人の芸能活動は決して不調ではなかったですが、世間のニーズもあり、何度も再結成を繰り返すことになります。そして、2010年には、“解散やめ!”を宣言。今後もピンク・レディーとしての活動は続くようです」(前出の音楽関係者)

 70年代の後半、女子プロレス界で異変が起きていた。試合前にリング上で歌を披露するビューティー・ペア目当てに、少女たちが会場に殺到したのである。「引退後、スポーツトレーナー的な活動をしていたジャッキー佐藤は、99年に41歳で胃がんのため他界。マキ上田は50歳近くになって結婚し、浅草にある釜飯店の女将として忙しい日々を過ごしています」(プロレス誌記者)

 松田聖子、中森明菜らソロのアイドルが主流だった80年代前半にビッグヒットを連発したグループが、『欽ちゃんのどこまでやるの!?』(テレビ朝日系)で、三つ子の姉妹を演じていた3人組、わらべである。「特に高部知子は、高視聴率を記録したドラマ『積木くずし』(TBS系)で不良少女役を熱演して、高い注目を浴びましたが……スキャンダルが発覚したんです」(元芸能記者)

 写真誌に、ベッド上で煙草を手にした写真が掲載されたのだ。「今も使われる“ニャンニャン写真”という言葉は、デビュー曲『めだかの兄妹』での高部のソロパートの歌詞“ニャンニャン”が語源でした」(前同) この騒動で、わらべは倉沢淳美と高橋真美の2人組に。それでも、第2弾シングル『もしも明日が…。』は年間チャート1位の大ヒットとなった。「高部は謹慎期間を経て、芸能界に復帰しましたが、現在は精神保健福祉士として活動中。倉沢は外国人男性と結婚しました。今は、ドバイで優雅な暮らしをしています」(同)

 わらべの活動期と同じ頃、土曜の深夜番組『オールナイトフジ』(フジテレビ系)に出演していた素人女子大生集団「オールナイターズ」の人気が、関東ローカルながらジワジワと上昇していた。「メンバーは普通の女子大生。人数が多いこともあり、“不人気メンバーなら、俺でもつきあえるんじゃないか”なんて妄想を抱ける存在でした」(下関氏)

 今は文学座の女優となった山崎美貴ら3人は、おかわりシスターズのグループ名で歌手デビュー。コンサートを開催し、CMやドラマに出演するまでになる。昭和文化研究家のミゾロギ・ダイスケ氏は、「この番組で成功した“普通の女子大生のアイドル化”を低年齢化させ、全国展開したのがおニャン子クラブです」と解説する。オールナイトフジと同じスタッフによる夕方の帯番組『夕やけニャンニャン』に出演していたおニャン子クラブは、社会現象的な人気を獲得する。「アイドル界のハーレムと言うべきか、大奥と言うべきか、そんな存在が初めて誕生したんです」(自営業)

 そして、おニャン子は現在のアイドルにも大きな影響を与えている。「おニャン子で導入された、メンバーの新陳代謝がある多人数グループの様式は、後にモーニング娘。やAKBに受け継がれていますよね」(前出のミゾロギ氏) 今も芸能活動を続けているのは、新田恵利、国生さゆり、城之内早苗、渡辺美奈代、渡辺満里奈、工藤静香、生稲晃子など。バツ2の国生以外は全員、人妻になっている。「一方、ミュージシャンの後藤次利と結婚した河合その子、秋元康夫人となった高井麻巳子をはじめ、福永恵規、永田ルリ子、岩井由紀子ら引退組も、その多くが結婚しています」(前同) 

 おニャン子とは同時代のグループで、今でもマニアたちの間で、話のタネになるのが3人組の少女隊と、4人組のセイントフォーである。「当時としては、どちらも前衛的過ぎて、爆発的人気とはなりませんでしたが、マニア受け要素は実に強かった」(前同)

 そんな彼女たちは、今どうしているのか?「少女隊のミホとトモ(途中加入)は主婦。脱退したチーコは理容室を営んでいます。レイコ(安原麗子)は、今も芸能活動中です」(同) セイントフォーの中で目立った活動をしているのはセクシー路線に転じた浜田範子(濱田のり子)だ。「2013年に濱田のり子、岩間沙織、鈴木幸恵の3人が復活ライブを開催。当時のファンが多く集まりました。また、昨年はテレビにも出演しました。ただし、メガネキャラの板谷祐三子とは連絡が取れないとか」(同)

 80年代中期でいえば、プロレス界と芸能界の両方を席巻していたクラッシュギャルズも印象強い。「長与千種とライオネス飛鳥の2人は現在、それぞれ飲食店を経営しつつ、さまざまな形でプロレス界とも今でも関わっています」(前出のプロレス誌記者)

 “B級アイドルグループ”では、84年デビューの3人組、セブンティーン・クラブも無視できない。「まったく売れませんでしたが、メンバーにおニャン子加入前の工藤静香とモデルの清原亜希がいた。つまり、木村拓哉夫人と清原和博元夫人が属していたことで伝説化しています」(前出の出版関係者)

 86年のドラマ『スケバン刑事III少女忍帖伝奇』(フジ系)からは風間三姉妹が生まれた。「三姉妹を演じたソロのアイドル、浅香唯、大西結花、中村由真が、事務所やレコード会社の壁を超え、期間限定で実現した夢のグループです」(前同) 衣装は、ドラマと同じセーラー服だった。「現在、大西は年下の一般男性と、浅香はミュージシャンと、中村は米国人弁護士との結婚生活を送っています。3人は今でも仲が良く、数年前には揃って旅番組にも出ていました」(同)

 80年代の終わりに、トップアイドルの座に君臨したのがWinkだ。96年に活動停止後、相田翔子は一時、バラエティ番組で売れっ子となるが、2008年に相澤英之元衆院議員と司葉子の三男にあたる医師と結婚。今も時々テレビに出演している。一方、鈴木早智子は、「成人男性向けイメージビデオに出演した他、不倫騒動を起こすなど、相田とは対照的。ただ、相田はつい最近も、Winkは解散しておらず、今でも2人で時々、会っていると話していました」(スポーツ紙記者)

 89年、フジテレビは夢よ再びと、『パラダイスGoGo!!』という『夕やけニャンニャン』に似た番組を放送。羽田惠理香、宮前真樹、瀬能あづさ、三浦理恵子、大野幹代の5人組、CoCoはそこから生まれた。「一時代を築いたグループでしたが、94年の解散後は、羽田を除く4人が一糸まとわぬ姿を披露しています。5打数4安打というのは他に例がありません」(前同)

 テレビ出身のCoCoとは違い、定期ライブ公演を活動の中心とし、徐々にファンを増やしたのが東京パフォーマンスドールだ。「2軍的なメンバーがいることも含め、形式としてはAKBの源流の一つといえます」(芸能プロ社員) 今やトップ女優の篠原涼子はその中心メンバーで、仲間由紀恵には、その研修生だった時期がある。小6から中3までの4人で結成されたSPEEDのデビューは96年。その歌唱力やダンスの切れ味は日本中を驚かせた。「00年に電撃解散しましたが、08年に再結成。ところが、13年に新垣仁絵が結婚を機に所属事務所を離れたため、現在は活動休止状態です」(前同)

 今年2月には、今井絵理子が今夏の参院選に出馬を表明。上原多香子は結婚相手の死を乗り越えて活動し、島袋寛子もソロで活動中だ。そして、98年にモーニング娘。がデビューし、新たな“国民的アイドル”の称号を得ることにより、今日に至るグループアイドル黄金時代が始まるのである。

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