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今年は“ドラクエ30周年”! FF、スーパーマリオ…懐かしの20世紀ゲーム

[ヴィーナス2016年04月05日号]

今年は“ドラクエ30周年”! FF、スーパーマリオ…懐かしの20世紀ゲーム

 今年2016年は、あの国民的RPGである『ドラゴンクエスト』の発売から30年の節目の年にあたる。5月27日に迎える“ドラクエ30周年”を記念し、体験型ミュージアムの設営や、大阪USJとのコラボイベントなど、さまざまな企画が予定されている。

 そんなドラクエをはじめ、数々の名作ゲームを生んだ“ファミコン”こと「ファミリーコンピュータ」が任天堂から発売されたのは、東京ディズニーランドの開園と同じ1983年のこと。バブル絶頂期の90年には、後継機の「スーパーファミコン」もデビュー、多くの人が夢中になった。あれから幾星霜――。大人になった今でも興奮すること必至の懐かしのゲームを編集部がチョイス。ゲームに熱狂したすべての人にささげる青春回顧特集!

 近年、レトロゲーム再評価の熱が高まっている。秋葉原には専門店が何軒も存在し、ネットオークションで中古のハードやソフトの入手も容易になった。さらに、特許権が切れたことでファミコン互換機が販売されている点も見逃せない。 

 大人がファミコンやスーファミを、再び現在進行形で楽しめる……今は、そんな時代なのだ。となれば、何をプレイするか? やはり、85年に発売された『ドラゴンクエスト』(エニックス)から始めよう。

 ドラクエは、ファミコン創生期の83年に発売された名作ゲーム『ポートピア連続殺人事件』で知られるデザイナーの堀井雄二氏が手がけた、ファミコン初のオリジナルRPGだ。「当時の少ない容量の中で考えられる最大限の機能を搭載。すべてが革新的でした」(ゲームショップ店主) その大ヒットを受けて、87年『ドラクエⅡ 悪霊の神々』、88年に『ドラクエⅢ そして伝説へ…』とシリーズ化。いずれも品切れ店が続出するなど、大きな社会現象となった。

 ドラクエと人気を二分するRPGである『ファイナルファンタジー』(スクウェア)の登場は87年だ。「『ファイナルファンタジー』(以下・FF)が斬新だったのは、いきなりプレイヤーが物語の中に放り込まれる点。唐突にゲームが始まり、徐々に壮大な作品世界が見えてくる感覚が新鮮でした」(ゲームライター)

 ただし、当初のFFはセールス的にドラクエと互角ではなかった。大ブレイクしたのは、90年の『FFⅢ』から。昭和文化研究家のミゾロギ・ダイスケ氏も当時を懐かしむ。「ラストダンジョンの難易度が高く、ジョブチェンジシステムや召喚魔法が初登場。FFのフォーマットはここで完成したと言えます。Ⅳからはスーファミにハードを移しますが、以後もドラクエとは良きライバル関係になります。まさか、そんなライバルを生んだエニックスとスクウェアが21世紀に合併するとは……」

 このRPGの2大巨頭をも凌ぐ、ファミコン史最大のビッグタイトルが、横スクロールアクションゲーム『スーパーマリオブラザーズ』(任天堂)だ。その登場は85年である。「4000万本以上と世界一売れたゲームソフト。現在に至るまで、さまざまな派生作品、パクリ作品を生み続けています。マリオはファミコンを国民的娯楽に押し上げた大功労者でしょう」(ゲーム誌編集者)

 マリオとドラクエが世に出た80年代半ば以降、ファミコンは多様な展開を見せていく。漫画や映画などとのタイアップによるキャラクターゲームの増加も、その一つだ。「85年の横スクロールアクションゲーム『スパルタンX』(アイレム)は、当時の“中2マインド”を刺激するものでした。何しろジャッキー・チェンとのコラボですから。まぁ、ゲームの内容は、映画とはまったく関係がなかったんですが(笑)」(前出のショップ店主)

 キャラゲーには、プレゼント賞品などとして生産された稀少なスペシャルバージョンが存在することもあった。「その手のソフトは今も高値で取引されています。たとえば、85年の『キン肉マン マッスルタッグマッチ』(バンダイ)のカートリッジが金色のバージョンは、世界に8本しかなく、一時は100万円の値がつきました」(前同)

 キャラといえば、ハドソンの宣伝マンが、「高橋名人」として、有名になったのも85年。「ハドソンは“全国キャラバン”と称し、各地で自社ゲームの大会を開催していました。地元で高橋名人の16連打を生で見たという人も多いのでは?」(前述の編集者) この全国キャラバンの公ソフトの代表作といえば、86年のシューティングゲーム『スターソルジャー』だろう。「86年に公開された映画『GAME KING 高橋名人VS毛利名人 激突!大決戦』で、2人の名人が腕を競い合ったのも、このソフトです」(ミゾロギ氏)

 86年は革新的な年だった。スポーツゲームも86年の『プロ野球 ファミリースタジアム』(ナムコ)から大きく進化したと、前出のゲームライターは語る。「各キャラに、技術の差や個性を持たせるという手法が生まれたんです」 また、同年にバンダイが『アスレチックワールド』というソフトと同梱で売りだした体感装置『ファミリートレーナー』も衝撃的だった。「マットの上で、走ったりジャンプしたり……。後の『ビートマニア』や『太鼓の達人』の源流ですね」 ディスクシステムの登場も86年のことだ。「ゲームを書き換えられる新しいインフラ自体が画期的でしたが、ソフトの第1弾だったアクションアドベンチャーゲーム『ゼルダの伝説』(任天堂)の面白さもあいまって、強烈に記憶が残っています」(前出の編集者)

 また、『スーパマルオ』(昭和通商)なる、初のお色気ゲームも密かに登場していた。「ただし、任天堂の抗議により短期間で発売中止に。そのため、出回った数が極めて少ない“幻のソフト”なんです」(前出のショップ店主)

 さまざまな異業種クリエイターがゲーム界に参入するのも、当時の傾向だった。「糸井重里氏による89年の『MOTHER』(任天堂)はその代表例。通好みのRPGでした」(ミゾロギ氏) 世はバブル絶頂期。ファミコンのスペックは、世の中の贅沢なニーズに追いつかなくなっていく。

 こうして、90年秋に16ビットCPUを搭載したスーパーファミコンがデビューする。「91年に『FFⅣ』、92年に対戦格闘ゲーム『ストリートファイターⅡ』(カプコン)、レースゲーム『スーパーマリオカート』(任天堂)、『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』など話題作が立て続けにリリースされることで、スーファミはゲーム界の覇権を握ります」(前出のライター)

 落ち物パズル系の人気アーケードゲーム『ぷよぷよ』(コンパイル)は、いろいろなハードに展開されたが、特に『す~ぱ~ぷよぷよ』の名で、スーファミに移植されることでファンを増やした。容量が増えることで、ファミコン時代よりもゲームの可能性は広がった。「ファミコン時代から続く『ダービースタリオン』(アスキー)シリーズのようなシミュレーションゲームも、スーファミで開花したジャンルですね」(前同) あぁ、タイトルだけでも大興奮! 今度の休みはゲーム三昧!?

今年は“ドラクエ30周年”! FF、スーパーマリオ…懐かしの20世紀ゲーム

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