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AKB48も仮面女子も泣き笑い! 貧乏アイドルたちが語る「ボンビーガール伝説」ぶっちゃけ座談会

[ヴィーナス2016年10月04日号]

AKB48も仮面女子も泣き笑い! 貧乏アイドルたちが語る「ボンビーガール伝説」ぶっちゃけ座談会

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 きらびやかなステージ上の姿の裏にあった真逆の生活。涙なしでは聞けない、健気すぎる生き様を赤裸々告白!

――早速ですが、皆さん、いつから貧乏なんですか?

一同 ハイ、生まれたときからです!

三秋里歩(以下、三秋) 私の家は、住宅地でうちだけ見つけられへんくらいめっちゃ小さい2階建て。6畳に2つの毛布で家族5人、川の字で寝ていましたよ。

窪田美沙(以下、窪田) うちは1年中、コタツに一家4人で寝てました。窓がなくて、そこにビニール袋を貼っていて、玄関も壊れてて誰でも、虫でも入れたんです。だから、小学生の頃のあだなは「おんぼろアパート」。床にはアリの行列ができたり、寝ているときに15センチくらいある大きなクモが体を這っていたこともありました。

三秋 分かる。なぜか動物や虫が住みつきやすいですよね。コウモリもいはったなあ。トタンで建て増しした半分外にあるようなお風呂には、ナメクジやアメンボがいて。保育園時代、泊まりにきた友達が、「何、これ怖い」と、ひと言残して帰って以来、友達を招待するのをやめました(笑)。

窪田 私も友達に家を見られたくなくて、わざと遠回りして下校してましたね。

緑川静香(以下、緑川) ボリボリボリ。あ~、それ可哀相。その点、うちは学校からは遠かったからバレずに済んでました。

――開始早々、お菓子をすごい勢いで頬張っている緑川さんは、どんな家に住んでいたんですか?

緑川 すいません、つい! 私は、赤の他人の家の3畳の物置に住んでいました。5歳のときに父が蒸発して社宅を出ることになって、母が「ここなら住めそう」という場所を探してきてくれたんです。ネズミが走るたびに天井の粉(木屑)が降る所に、母と兄と3人でダンボールを敷いて寝ていましたね。部屋の端のほうは土がむき出しだったので草木が生えていました。本当に食べる物がないときは雑草を食べてました。お母さんが、「火を通せば何でも食べられる。火がなくても日光には殺菌作用があるから、葉っぱを天に掲げて自分の手が熱くなってきたら食べ頃」と教えてくれたのを、きちんと守っていましたよ!

――いやいや(汗)。

三秋 私も保育園のとき、お腹が空きすぎて花の蜜を吸ってたら先生に怒られたことがありました! 「花は食べ物じゃない」って。

窪田 それ、ツツジですよね? 私もよく吸ってたなあ。一緒にアリも口に入ってくることがあったけど、甘くておいしかったです。プチッとして、お菓子みたいで

緑川 虫は、私は一度だけ。空腹の極限のときに、ちょうど家に入ってきたコオロギがチョコレートに見えて……。味はバッタみたいな深いコクがある感じ。

三秋 そもそもバッタ味、知らないです(笑)。うちではよく小麦粉を薄く焼いて塩を振ったものを「お好み焼き」と呼んで食べていました。NMB48に加入して初めて大阪で本物を食べたときは衝撃でしたね。「具が入ってはる! なんなら麺まで!」って。そういう意味では、当時は給食が命綱じゃなかったですか?

緑川 本当にそう! でも私、小学生のとき一時期、怖い女子に目をつけられてイジメられて、ストレスの腹痛で給食が食べられなくなったことがあったなあ。

窪田 可哀相……。でも、貧乏って自然治癒力、めっちゃありません? 私、高校卒業するまで病院行ったことないですよ。親に「風邪でしんどい」と言うと、「しんどくない! 気のせい」って言われてました。

緑川 あるある。うちもスズメバチに刺されたとき、「唾つけときゃ治る!」って。でも実際、治りました。

三秋 うちは一家全員、貧血で倒れたことがあって、そのときはさすがに危ないと思ったらしく、次の日に、みんなでお肉を食べました。でも、当時は「肉=食べ物」という概念がなかったので、苦手でしたね。

――はっ!? どういうことですか?

緑川 えっ、分かりませんか? 私も母にずっと、「肉はゴムの味よ」と言われてて嫌いだったんです。でも、芸能界に入って焼き肉を食べさせてもらったとき、「うわー、こんなにおいしいんだ!」と感じて、ようやく洗脳が解けました(笑)。

窪田 私も同じです! 今はお肉好きになりました。『牛角』最高!

――叙々苑とかではなく?

窪田 高いお肉は体が受けつけないんです……。

三秋 焼肉なんて食べなかったですよね!? 当時の贅沢といえば、年越しそばと、クリスマスに父が会社からもらってくるケーキ。だから年末は楽しかったですね。

緑川 ……クリスマスといえば、小学校高学年のとき、母がケーキ1ホール買ってくれたことがあったんです。大喜びで食べようとした瞬間、天井裏でネズミが走って私たちの頭とケーキに、粉が降ってきて。すると母は「アハハ! ホワイトクリスマスになったね!」と笑い出して……。(急に目を潤ませ)母は、本当に明るくて大好きで……う~。だから私、今月、母に韓国旅行をプレゼントするんです。これまで苦労をかけたので……(号泣しながら)。

窪田 優しい。私は結構、親に当たっちゃっていました。給食費を払えなかったときは、「こんな生活イヤ!」って。でも、小学校入学時のランドセルは買ってくれました。夜中、こそこそと「どうする?」「高いな~」ってランドセル会議していたのが聞こえてたから、買えないのかと思っていたので。

――よかったですね~。

窪田 はい! でも、なんか皆と少しだけ違ったんですよ。少し小さいというか、張りがないというか……あと、色が妙にくすんでいる赤で。「変な色!」と同級生にからかわれましたね。

緑川 あ~分かる、その色。

――共感する色があるんだ(笑)!

窪田 でも、友達は優しい子ばかりでしたよ。だけど、友達の家に行くのはイヤだったなあ。自分の家との差を感じちゃって……。

緑川 窪田さんと違って、私は友人宅によく遊びに行っていました。晩ご飯も食べさせていただいていたし、テレビもゲームもあるし。もちろん羨ましいけど、もう、その辺は乗り越えていましたね。テレビといえば当然、うちにはなかったので、壁越しに聞こえてくる大家さん宅のテレビの音に耳を澄まして聞いていました。「月9」とかハマってたなあ。

――聞き耳ですけどね……。

三秋 うちはテレビはあったけど全然つけなかったから、芸能の話題に疎かったですね。『モーニング娘。』が流行っていたときは、友達がやっていたカードゲームで名前を覚えました。

――放課後は、どんな遊びをしていたんですか?

窪田 石蹴りしたり泥団子を作ったり、一人で遊ぶ日も多かったですね。

三秋 私も同じ! 泥団子はテカッテカにできますよ!! あとは家の前でダンゴムシを見たり、白い石で地面に絵を書いたり。姉の参考書を高く積み上げて昇り降りする「階段遊び」も楽しかったです。うまくピラミッド型にして、乗っても崩れないと、一人でガッツポーズして(笑)。

緑川 私は、ゴミ捨て場から拾ってきた……じゃなくて、リユースした人形相手に自作ドラマのお芝居をしてましたね~。とにかく、お金がかからない遊び。

――でも、洋服はお金がかかりそうですよね。

窪田 うちは母が500円くらいで服を買ってくれていたんですが、今は、それでも普通にオシャレだから大丈夫でした。

三秋 私は従姉妹にもらっていました。服はとにかく何でもよかったんです。NMB初期もTシャツにジーパンで握手会に出ていて、ファンの人にプレゼントしていただけるようになってからは、スカートをはけるようになりました。ファンの人は「着てくれてる!」とうれしそうでしたが、私は、その何倍もうれしかったですねえ。

緑川 私は小学生の頃は兄のお下がりで、『地獄先生ぬ~べ~』のTシャツに短パンとか。すごくイヤで、本当はピンク色やスカートを着たかったけど、どうにもならないと分かっていたから、「ピンクやスカートは嫌い!」と言っていましたね。

――“嫌い”を装っていたんですね。

窪田 私は、好きな人に対する態度がそんな感じでした。家に呼べないし人並みに遊びに行けないから、恋は全力で諦めていたんです。私に好意を示す男子がいたら、話しかけられても無視したり。両思いになっても悲しいだけですもん

緑川 切ない……。私は高3で初めて彼氏ができたんです。貧乏は内緒で。あるとき、彼に「お弁当を作って」と言われて、100円均一で買った紙で弁当箱を自作して、その弁当箱の3分の2に、私的な最高の贅沢料理「パン耳揚げの砂糖まぶし」をびっしり詰めて、残りに玉子焼きを入れたんです。それを見た彼は30秒固まって、「これ、弁当じゃないでしょ?」って。そういえば、彼の手は紙ににじみ出た油でベトベトでしたね……。それから10日後に浮気されて、捨てられました。

――うう~。芸能人となった今、貧乏は脱しましたか?

緑川 はい! 回転寿司で一貫150円のイクラを頼めるようになりましたよ。

窪田 私は仕事の人とジョナサンに行って、定食を頼めたときは感動しました。だって、1000円超えちゃうんですよ!

三秋 私は、氷系じゃないバニラ系アイスを買えるようになったのは贅沢だなあと思いますね。初めて買ったのはピノ。あのおいしさは衝撃でしたね。

緑川 でも、やっぱり、貧乏癖って抜けないですよね。スイカは、赤い実の先の内皮の白い部分も全部食べて、もうペラペラ(笑)。

窪田 私も、鼻をかんだティッシュは、次に何かに使えそうと取っておいてしまいます。とにかく物を捨てられない!

三秋 私は洗剤がもったいないから茶碗を溜めまくって一気に洗ったり、まだ入るからとゴミ袋を出さず、パンパンになるまで溜め込んだり(笑)。だけど、もう貧乏サークルから抜け出したい。私の代で貧乏を断ち切ろうと思ってます!

一同 ウン、頑張ろう!

「貧しいことは美しいこと」。マザー・テレサの言葉はやはり正しいと納得できた、アイドル3人の素敵な姿がそこにあった――。

緑川静香 みどりかわ・しずか 1988年6月24日生まれ。埼玉県出身。昨年、『解決! ナイナイアンサー』(日本テレビ系)などで衝撃の貧乏話を披露しブレイク。 公式ブログ http://ameblo.jp/midorikawa-shizuka/

三秋里歩 みあき・りほ 1994年8月24日生まれ。京都府出身。元NMB48でAKB48も兼任したグループ屈指の美少女。今年2月に卒業しソロ活動中。 公式ツイッター https://twitter.com/kotanirihodayo

窪田美沙 くぼた・みさ(仮面女子) 1994年3月25日生まれ。京都府出身。最強地下アイドル『仮面女子』の人気メン。秋葉原にある仮面女子カフェで土日祝に無料ライブ中! 公式ツイッターhttp://twitter.com/kubota_misa

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