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SMAP『世界に一つだけの花』は、お経から生まれた!? 大ヒット歌謡曲の「意外すぎる真実」

[週刊大衆2016年11月21日号]

SMAP『世界に一つだけの花』は、お経から生まれた!? 大ヒット歌謡曲の「意外すぎる真実」

 何年経っても胸の奥底に残るあの曲。時代を超え愛される詞とメロディーには人の心を動かす理由があった!

 歌は時代を映す鏡、といわれるように、ヒット曲のタイトルを目にするだけで当時の記憶が蘇る。

「作詞家がいて作曲家がいいメロディーをつけて編曲が良くて、合体していい曲ができる。それで、ひとたびその曲が人の心をつかむと、誰が作詞、作曲だろうが、誰が歌ってようが、関係なく曲が一人歩きをして、ヒットにつながっていきます」と語るのは、『本当の意味を知ればカラオケがもっと楽しめる!昭和ヒット曲全147曲の真実』(KADOKAWA)を上梓した橋本テツヤ氏。

 文化放送の深夜番組『セイ!ヤング』パーソナリティをはじめ、民放各局の人気ラジオDJとして活躍し、現在は作詞家、ジャーナリストなど多方面で活躍している橋本氏だが、歌の力を実感したのは、デューク・エイセスの『女ひとり』(作詞・永六輔/作曲・いずみたく 1966年8月発売)だった。

 曲中では、ひとり旅する女性が、京都・大原の三千院、高山寺、大覚寺の3つの寺を巡っているが、当時は知る人ぞ知る静かな寺が同曲の大ヒットで、観光バスが訪れて周辺が渋滞する騒ぎになった。「僕は着物の着付けもやっていて、十二単の勉強をするため、京都に年中行ってたんです。そこで、タクシーの運転手が本当に言ってたんですよ。“こんなところ、渋滞するわけないんだけどねぇ。なんでかなぁ”って。それが歌の力ですよね。そういう経験から出発したわけです」(橋本氏=以下同)

 歌が現実に及ぼす力、という意味では、地名を織り込んだ曲が人気を博し、当地に歌碑ができる、というケースも多々ある。森進一の『襟裳岬』(作詞・岡本おさみ/作曲・吉田拓郎 73年12月発売)も、その一つだが、当初はやや行き違いもあった。

「何もない春」という言葉に、えりも町の人々が反発し、抗議するという一幕があったのだが、これは誤解。「あの“何もない”は、作詞家の岡本おさみが当地で悪天候に見舞われ、民家に避難したところ、老夫婦が“何もないけど”とお茶を出してくれたのがヒントになっている。冷えた身体に熱いお茶は最高のもてなしです。“何もない”には温かい心がこもっているんですね。そういったことが伝わり最終的に町からは感謝状も贈られて、現在は歌碑が建っています」

 石川さゆりの『津軽海峡・冬景色』(作詞・阿久悠/作曲・三木たかし 77年1月発売)は、竜飛崎近くに歌碑が建っている。「この歌のすごさは詞の力。最初の2行で上野から青森到着まで行っている。やっぱり阿久悠さんはすごい」 この曲を石川は紅白で9回歌唱し、うち3回は紅組のトリ。これは紅組での同一曲でのトリ回数では最多記録となっている。

 ヒット曲の背景には物語の存在も大きい。「歌には自分の体験、経験が重なってくる。自分と歌われている歌詞が相まってジーンとくる。感動するんです。だから、歌ってすごいよね。人の心を動かすしね。大事なことです」

 都はるみの『北の宿から』(作詞・阿久悠/作曲・小林亜星 75年12月発売)も、そうしたヒット曲の典型と言えるだろう。76年の年間ランキング第3位で、87.7万枚のヒットとなった。

 70年代を代表する演歌で、着てはもらえぬセーターを寒さこらえて編んでいる女性。そんな彼女の像を阿久悠は「東京で不倫をしていた30歳過ぎの女で、宿は信州の温泉」と述べている。北の宿は信州だったのだという。気になるセーターは、「阿久先生は“編み上げてケリをつけた”と言っていて“宿の主人にやった”ということでした」

 男に「死んでもいいか」とまで聞いていたのに、セーターを編むうちに冷静になり、捨てるよりは誰かに、と思ったのだという。しかし、宿の主人に……意外。

 時代を超えて歌い継がれている歌もある。太田裕美の『木綿のハンカチーフ』(作詞・松本隆/作曲・筒美京平 75年12月発売)が、その代表格だろう。こちらは『北の宿から』に次ぐ76年の第4位、86.7万枚を売り上げた。

「現役の高校生も歌ってますよね。メロディーもとてもいい。それに、やはり共感するところがある。自分の好きな男が東京に行く。ずいぶん冷たい男です(笑)。詞は松本隆が書いたんですけど、男が女の気持ちを書いている。こんなことしたら女は悲しむんだろうな、って書くんです。作詞したのが男か女かって、僕は詞の内容を見たらすぐわかります。男が女を語る、女が男を語る、あるいは女が女を語るのと男が男を語るのと違う。そういうのは出てきますよね」

 40年以上前の『木綿のハンカチーフ』が今も愛唱される理由の一つが、歌いやすさだというが、橋本氏が他に歌いやすい曲として推すのが、井上陽水の『少年時代』(作詞・井上陽水/作曲・井上陽水、平井夏美 90年9月発売)だ。カラオケに自信のない人にはうってつけで、高すぎず低すぎずのキーがポイントなのだという。

「周囲に不快感を与えないし、のどかな曲調と美しい詞が人の心を穏やかにする、と言われていますね。どんなに下手でも、上手く聞こえるってことです。下手な人に限って、難しい歌を歌いそうになる。『そして神戸』なんか難しいですよ。でも歌いたくなるんだよね。自分の歌える範囲っていうのを覚えておけるといい」

 さらに続けて、歌う際のアドバイスをくれた。「カラオケでもなんでも歌詞を覚えること。われわれ、歌うときみんな、画面見て歌うでしょ。あれやってると、よく知ってる歌でも一生きちっと覚えられない。1曲でもいいから3番まで歌うことを覚える。そうしたら、脳の活性化にもつながっていくじゃないですか。だから、画面に頼っていたらダメなんです。歌詞の意味を本当に理解すると、あらためて魅力を感じられると思いますね」

 歌詞に込められた意味をきちんと表現できるかどうかが重要というのは、プロでも同じだ。「ちゃんと作曲、作詞した歌を歌手が表現することができるかどうかですね。いい曲だと思って歌わせても全然ダメで、違う歌手にしたら売れた、というのはありますよ。でも、本当のところ、ヒットする理由はわからない(笑)。難しい。タイミングと当時の時代背景もありますからね」

 そうした意味で、奇跡的なヒットとなったのが、宮史郎とぴんからトリオの『女のみち』(作詞・宮史郎/作曲・並木ひろし 72年5月発売)だ。最終的に400万枚を突破し、日本歌謡曲史上に金字塔を打ち立てている。ところが、この歴史的な曲の始まりは、トリオ10周年記念の宣伝のため、自主制作した300枚だったのだ。これを関係者に無料配布したところ、関西の有線放送で流れて評判になり、メジャーデビューを果たした。『8時だョ!全員集合』で、加藤茶がお巡りさんのコントで毎回、歌ったことも話題になった。

 300枚の自主制作が、400万枚のモンスターヒットになるのだから、わからない。「売れない人は実はみんな自主制作してるんです。普通の人でも、死ぬまでに1回CDを出したい、って記念で出しますからね。昔だと本の自費出版だったんですけど、今は歌が多い。専門にやっているレコード会社もありますから。自分で曲書く人もいるし私の思い出を先生ちょっと詞書いてください、って書いてもらい、作曲もしてもらう、ということもあります。だいたい1000枚くらいCDを作ってくれて、300万から350万。作詞作曲が付いて、レコーディングスタジオも付いて、CDジャケットもちゃんと撮影して、いい曲ならJASRACに登録して、全国のカラオケに入ります。みんながどんどん歌ってくれたら、自分で作ったやつなら印税入ってきます」

 ひょっとしたら、400万枚……の可能性も!? 「自分が作詞して彼女にプレゼントするとか、感動ですよ。バースデープレゼントに、君のことを書いた詞だ、って。『シクラメンのかほり』も自分の妻をイメージして作ったでしょ?」

 布施明の『シクラメンのかほり』(作詞/作曲・小椋佳 75年4月発売)も名曲の誉高い一曲。75年の年間2位で、87.9万枚のヒットとなっている。もともと香りのなかったシクラメンだが、この曲によって香りの要望が高まり、96年になってバイオテクノロジーによって香気のあるシクラメンが流通するようになった、という仰天の逸話がある。小椋の妻の名が「佳穂里」ということで、美しいシクラメンを妻になぞらえたラブソングと、当時は話題になった。

 反対に、寺尾聰の『ルビーの指環』(作詞・松本隆/作曲・寺尾聰 81年2月発売)は男女の別れを歌って135万枚の大ヒットとなった作品だ。81年の年間ランキング1位に輝いたこの曲が世に出る際にも、秘話があった。ドラマ『西部警察』に出演していた寺尾が石原プロ関係者に聞かせると「まるで、お経のようだ」と評されたという。しかし、石原裕次郎の「いい曲じゃないの」というひと言でレコード化されたというのだ。

「お経、っていうのは歌い方が暗かったから。詞の内容じゃなくてね。歌い方がまあ辛気臭い、と言ったんじゃないですかね。むしろ、お経といえば、SMAPですよ」

 SMAPの『世界に一つだけの花』(作詞・作曲/槇原敬之 2003年3月発売)。彼らの最大のヒット曲で、21世紀に日本国内で発売されたシングルCDで最高売り上げ枚数となる285万枚以上を記録したこの曲は、仏説阿弥陀経がきっかけでできたのだという。

 仏説阿弥陀経の中に「青色青光黄色黄光赤色赤光白色白光」という経文がある。大意は「極楽浄土では美しい蓮の花が咲き乱れ、青、黄、赤、白の花がそれぞれ光を放っている」ということだが、この経文に槇原が触れ、あの国民的名曲が誕生したのだ。

 99年3月、槇原は薬物違反で執行猶予の有罪判決を受けた。その後、寺で謹慎していた槇原に、住職が阿弥陀経の理を説いた。「浄土ではさまざまな花が咲いているが、それぞれが、それぞれの個性の上に無上の尊厳を認め合い存在している」という言葉を聞いた槇原の頭に浮かんだのが、『世界に一つだけの花』の歌詞だったという。

「住職も立派ですよね。諭したんだから。でも、そのお経の中の一節をヒントにしたということが、彼の才能ですね。やっぱり並みじゃないです。あれだけ反省して、そして修行して掴んだわけですから。槇原さんからは、ときどきLINEが来ますよ」

 ヒット曲の持つ力をここまで見てきたが、歌自体にも底知れない力がある。「歌を歌うと、α波という脳波が出ます。それが気持ちをとてもよくする。それから、βエンドルフィンとか、いろんな神経物質が出て気分がよくなる。軽い脳梗塞の人には、リハビリで歌を歌いなさい、と言われますからね。最後に、歌はやっぱり詞なんです。詞が人を動かす。もちろんメロディーもありますが、まず詞が人の気持ちを動かすんです」

 いつの世も人を支えてきた歌。これからも、数々の名曲が生まれ、歌われていくに違いない。

SMAP『世界に一つだけの花』は、お経から生まれた!? 大ヒット歌謡曲の「意外すぎる真実」

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