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渡瀬恒彦「芸能界ケンカ最強伝説」の真実

[週刊大衆2017年04月10日号]

渡瀬恒彦「芸能界ケンカ最強伝説」の真実

 死去した演技派俳優の“腕っぷし”の強さは業界内で有名だったという。俳優仲間や関係者の証言を聞くと……。

 また一人、昭和の名優がこの世を去った。3月14日、俳優の渡瀬恒彦さんが多臓器不全のため、都内の病院で亡くなったのだ。享年72。

『仁義なき戦い』シリーズや『事件』『天城越え』などで日本映画の黄金期を支え、ドラマでは『十津川警部』(TBS系)、『おみやさん』『警視庁捜査一課9係』(ともにテレビ朝日系)といった人気シリーズを抱え、幅広い世代から愛されていたスターの死に、日本中が悲しみにくれた。

 映画評論家の秋本鉄次氏は、「最近のドラマでの人情味溢れる円熟の演技も素晴らしかったですが、やはり東映の映画で見せてくれた、荒々しく凶暴性を感じさせる演技がとても印象に残っています」と、在りし日の俳優・渡瀬を次のように語る。

「私が好きなのは、映画『鉄砲玉の美学』という作品で演じたチンピラ役。粋がるだけ粋がって、捨て身で暴れた末に無様に死んでいく、かっこ悪い姿が、最高にかっこ良かったですね。新たなアウトロー像を作り上げた、映画史に残る名優であることは間違いありません」

 秋本氏が言うように、アウトロー映画のイメージが強い渡瀬さんだが、実は、早稲田大学法学部に在籍(後に除籍)したインテリで、俳優になる前は、電通PRセンター(当時)勤務のエリートサラリーマンだった。「兄の渡哲也(75)が日活の青春スターとして活躍中でしたが、渡瀬は芸能界にあまり関心がありませんでした」(映画雑誌記者)

 だが、東映にスカウトされ、サラリーマン生活にピリオドを打ち、1970年に映画『殺し屋人別帳』の主役でデビューする。「命を恐れぬクソ度胸から、作品のアクションシーンで代役を立てることを好まず、自分自身で演じてきたことも有名です」(前同)

 76年の『狂った野獣』では、猛スピードで走るバイクの後部座席からバスに乗り移るアクションを演じ、同年の『暴走パニック 大激突』での200台にも及ぶ車を使っての手に汗握るカーチェイスシーンでも、ハンドルを握ったのは渡瀬自身だったという。「2002年から始まる『十津川警部』シリーズの第24弾『伊豆の海に消えた女』でも、トラックの前に回り込んで車をスピンさせて止まるというカーアクションを、当時50代後半の渡瀬が自らの運転でこなしたといいますから、驚くしかありませんよ」(同)

 そんな数々の伝説を残した渡瀬さんだが、語りぐさとなっているのが“芸能界ケンカ最強伝説”だろう。「本人はケンカの強さを吹聴するようなことはありませんでした。ただ、渡瀬を知る多くの関係者や俳優仲間は“渡瀬さんが一番”と口を揃え、その伝説を活劇のヒーローのごとく語り継いでいるんです。昔の映画の撮影所はケンカ自慢の集まりで、“強いヤツが入ってくるらしい”と聞けば、まずはシメるところから始まるような場所でした。そんな中で、長く“最強”と恐れられていたのが渡瀬だったそうです」(映画関係者)

 空手の有段者でもある渡瀬さんだけに弱いはずはないが、その伝説はケタ外れ。「身長187センチで元キックボクサーの安岡力也さん(故人)が唯一恐れたのが、渡瀬だったといいます。安岡さんがイケイケで売り出し中の頃、東映会館の駐車場に呼び出されて半殺しの目にあったとか」(前同)

 また、不良がウリで芸能界に乗り込んできた、岩城滉一や舘ひろしが在籍したロックバンド『クールス』にも、その鉄拳が火を噴いたことがあるという。「礼儀を知らず、調子に乗っていたメンバーをボコボコにして川に放り込んだというから、豪快すぎます。また、血気盛んだった松田優作(故人)も一瞬で倒したといいますし、あの若山富三郎さん(故人)も、渡瀬さんの睨みにビビって、何も言えなかったそうですから」(芸能記者)

 さらに、あの梅宮辰夫をして、「小林旭もパワーがあったが、渡瀬に比べたら」と言わしめ、元ボクシング世界王者のガッツ石松も、「恒さんに比べたら大したことない」と負けを認めているというエピソードも。「元プロボクサーで、こちらも芸能界最強の一人に数えられる、歌手で俳優のジョー山中さん(故人)は、渡瀬の目つきを見ただけで縮み上がり、“あの人、怖いけど誰ですか?”と、内田裕也に泣きついたという話もありますね」(前同)

 他にも、「屈強な黒人の米兵3人を相手に大暴れ」「反社会的組織にさらわれた国士舘の知人学生たちを助けるべく、一人で事務所へ突入した」などなど、映画以上の逸話も数多い。

 今回、そんな渡瀬さんの伝説のケンカを、その目で目撃したという貴重な証言を得ることができた。

 映画やアクション映画での共演から親交を深め、渡瀬さんが発起人となって結成された「東映ピラニア軍団」の一員で、公私にわたって渡瀬さんと親交の深かった、俳優の志賀勝氏(75)。同氏は本誌の直撃に、「(渡瀬さんが亡くなり)がっくり来てるんや。よぉ話せんなぁ」と肩を落としながらも、次のような話をしてくれた。

「あるときね、街で一人のチンピラが我々に寄って来たことがあってね、仲間の誰かがボコボコにされて、私ら、ひるんでしまって、弱ってたんだな。そしたら恒さんが、そいつの前に出ていって“いい加減に許してやれ”って、一発で相手をのばしちゃったんだよ。恒さんは腹が据わっているんだ。何も怖いことがないよと。私よりも年は2つくらい下だったけど、本当にかっこいい男だったな」

 また、坂上忍も、伝説の目撃者の一人だったようだ。渡瀬さんを特集した今月16日の情報番組『バイキング』(フジテレビ系)では、渡瀬さんとドラマで共演したときの話として、こんなエピソードを披露している。「クランクインのとき、プロデューサーと、ある役者が言い合いになって。胸ぐらつかむまでいったら、渡瀬さんが役者の胸ぐらをつかんで押しつぶした。それで終わりです」

 そして、何よりも、兄・渡哲也のこの言葉だろう。「ケンカも勉強も、弟のほうが上だった」

 このようにケンカ話が絶えない渡瀬さんだが、多くの仲間たちに慕われたのは、その人柄ゆえ。「ピラニア軍団」で同じ釜の飯を食い、プライベートでも親友と認め合う仲だった俳優・成瀬正孝氏(67)は、渡瀬さんと最後に会った昨年5月のときの様子を、こう話してくれた。

「渡瀬さんは、『おみやさん』の撮影、私は別の仕事でしたが、京都でたまたま一緒になって。体調は、やはりあまり優れないようでした。だったらホテルに帰ればいいのに、せっかくだから飯でも食いに行こうと、6~7人と時間を作ってくれたんです。昔から、現場ではスタッフにも“疲れてないか”“腹減ってないか”と、気を配る人でしたからね。独身時代、渡瀬さんの運転で伊豆・戸田の浜辺によく遊びに行って、素潜りしてタコや魚を獲ったりしたんだよね。それから若いときに2人で遊び歩いたこと、そうしたことばかりを思い出しますよ」

“本当にかっこいい男”とは、渡瀬さんのような男のことを言うのだろう。心からご冥福をお祈りしたい。

渡瀬恒彦「芸能界ケンカ最強伝説」の真実

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