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荻原次晴『しくじり先生』での苦悩告白に反響多数

荻原次晴『しくじり先生』での苦悩告白に反響多数

 6月11日放送の『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)に、ノルディックスキー複合の元日本代表でスポーツキャスターの荻原次晴氏(47)が出演。かつて母親へ暴言を吐いたことを涙ながらに反省し、女優の三倉佳奈(31)や内田理央(25)らが思わずもらい泣きしてしまう場面が見られた。

 この日の番組は、次晴氏が“双子の兄と比較にならないぐらい差がついちゃった先生”として登場し、生徒役のタレントらに、優秀な双子の兄を持った苦悩の人生について、トークを展開した。その中で、次晴氏は兄の荻原健司氏(47)が1992年のアルベールビル冬季五輪で金メダルを獲得して有名になって以来、健司氏と間違えられ、サインを求められ続けたと述懐。自分の存在を否定されたような気分に陥って自暴自棄となり、「なんで俺を双子に産んだんだよ!」と母親に暴言を吐いたことを明かすと、それを聞いた佳奈は「お母さんの気持ちを考えたら……」と絶句していた。

 次晴氏によると、高校時代には健司氏と二人でノルディックスキー複合の世界ジュニア選手権に出場したものの、二人とも惨敗。そこで健司氏が「世界で勝てる選手になりたい」と思ったのに対し、次晴氏は「世界はレベルが高すぎる、無理だ!」と思い、逃げてしまったと語り、それがその後の二人の分かれ道になったという。

 その後、次晴氏は健司氏と同じ早稲田大学のスキー部に進んだものの、ラッパーを目指すようになり、「MC TSUN」として活動していた。スキーの練習はサボってばかりで、あげくの果ては大学を留年することになってしまう。そんな折に健司氏が金メダルを獲得して全国的な有名人になり、健司氏に間違われる日々に嫌気がさした次晴氏は、同じスキーで有名になって自分の存在を知ってもらおうと決意した。大学卒業後、健司氏が在籍する北野建設に入社して競技生活に本腰を入れると、努力の甲斐あって、1998年の長野冬季五輪では兄弟そろって日本代表入りを果たしたのだ。

 その長野五輪において、健司氏は4位、次晴氏は6位と大活躍。ゴール後、それまでほとんど交流がなかった二人は人生で初めてという熱い握手を交わし、大会で自分をアピールできた次晴氏は引退を決意したという。番組の最後に、次晴氏は涙を流しながら反省の言葉を述べると、五輪後に母親のもとへ行き、暴言について謝罪したことを告白。号泣する次晴氏の姿に、三倉や内田も思わずもらい泣きしていた。

「ネット上では、次晴氏の告白に“番組史上一番泣けたわ”、“双子の母として、心にぐっとくるものがあった”、“いろいろ悩んでた人だったのね”、などと様々な反響がありました。現在はスポーツキャスターとして活躍している次晴氏ですが、その意外な過去に、驚いた人は多かったようです」(芸能誌記者)――ひそかに“神回”だった!?

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