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小結・嘉風インタビュー「人になんと言われても、目標は大関昇進」

[週刊大衆2017年07月17日号]

小結・嘉風インタビュー「人になんと言われても、目標は大関昇進」

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 先場所初日、3場所連続優勝を目指す横綱に圧勝。9度目の三賞に輝いた“相撲職人”に、大一番の舞台裏と今場所への決意を聞いた!

 大相撲夏場所初日、結びの一番。両国国技館に皇太子ご夫妻が観戦に訪れたこの日、最大の注目は稀勢の里-嘉風戦だった。新横綱として迎えた春場所13日目、稀勢の里は日馬富士戦で寄り倒された際に左肩を負傷するも、その後も強行出場。千秋楽は、照ノ富士との優勝決定戦を制し、奇跡の逆転優勝を果たした。

 だが、ケガの代償は大きく、春巡業や横綱審議委員会稽古総見を休み、ケガの回復に努めることに。夏場所初日、稀勢の里はどんな相撲を見せるのかが注目された。結果は、右からの厳しいおっつけで、稀勢の里の左差しを許さなかった小結・嘉風が、一方的に押し出して勝利。館内が騒然とする中、嘉風は54本の懸賞金を受け取り、満足気な表情で花道を下がっていった。

「横綱に勝ったんだから、100点満点でしょう。横綱に左を使わせないことと、胸を合わせないことを心がけて相撲を取りました」と、支度部屋で振り返った嘉風。さらに、4日目には横綱・鶴竜を撃破するなど、7場所ぶりに復帰した三役の座で8勝を挙げ、3回目の技能賞を受賞した。そんな35歳のベテランに、直撃インタビュー!

――夏場所の稀勢の里戦は印象に残る一番でした。“懸賞金で(母の日の)カーネーションを500本買って帰ります”と、おっしゃっていましたよね?

嘉風 初日(5月8日)の前日、妻に「明日は母の日よね」ってプレッシャーをかけられていたんですよ。「プレゼントは懸賞金でいいかな?」って言ったら、「カーネーションがいい」って……。おかげさまで懸賞金をたくさんいただいたので、それ相応のカーネーションをプレゼントできました。

――奥様は感激されたことでしょうね。さて、その稀勢の里戦は、左を使わせない、胸を合わせないという嘉風関の作戦が大成功。

嘉風 まあ、そうなんですけど、これには伏線があるんですよ。春場所の10日目、(全勝の)横綱(稀勢の里)と当たったときに、自分の力をすべて出すことができたんです。結果的には敗れてしまったんですが、勝ち負けよりも、全力を出し切れたことがうれしかったし、精神的な成長を感じたんです。でも、「出し切れた」だけじゃ、白星には結びつかない。次に対戦するときは、稀勢の里関が嫌がるような相撲を取ろうと、心に決めたんです。

 でも、その後、横綱がケガをして巡業も休場。ようやく稽古できたのが、夏場所前の二所ノ関一門の連合稽古のタイミングでした。横綱の左手がどれだけ使えるのかなど、調子を計るチャンスだったのですが、僕はこのとき、稽古場でふくらはぎの肉離れを起こしてしまって、肝心の横綱との稽古は1番しかできなかった。つまり、回復具合がつかめないまま、夏場所初日に対戦することになったんです。

――ご自身も、ふくらはぎの負傷を抱えての初日になってしまったんですね?

嘉風 そうです。ふくらはぎは大丈夫なのか? その不安が大きくて、そのおかげで冷静になれたのかもしれません。足をあまり使えない中、自分が思っていた以上の相撲が取れました。僕の場合、理想の形、理想の攻め方というのは、あえて作らないんですよ。相撲内容に関しては「でたとこ勝負」。言ってみれば「アドリブ相撲」なんです(笑)。

 嘉風雅継、35歳。小学4年のときに、地方巡業で若花田(当時=のち横綱・若乃花)の胸を借りたことがキッカケで本格的に相撲を始め、日体大3年時に、世界相撲選手権日本代表に選出、さらにアマチュア横綱に輝く。平成16年、尾車部屋に入門し、26年夏場所、32歳の年齢で新小結に昇進。先の夏場所では、7場所ぶりに小結に復帰した“角界版・中年の星”である。

――アマ横綱のタイトルを引っ提げて、入門から2年で幕内に昇進。けれども、幕内に定着してからは、幕内という地位に満足してしまっているかのような印象がありました。

嘉風 まさに、そうでしたね。20代後半の頃は「最低、幕内にいられたらいいかな」くらいの気持ちでした。自分が大学4年生のときに味わった“燃え尽き症候群”的な時期だったんですよ。

――燃え尽き症候群?

嘉風 ハイ。僕は大学3年の最後に大きなタイトル(アマチュア横綱)を獲って、幕下15枚目格付け出しの資格を得ましたが、その時点でプロには進みませんでした。でも、その「アマ横綱」の冠が重たくて、4年のときは、「横綱相撲を取らなければならない」と考え過ぎていた。それで、思うような相撲を取れなくなってしまったんです。

 付け出し資格は(全日本相撲選手権当日から)1年で失効したため、序ノ口から相撲を取ったんですが、僕らの学年は、里山(現・十両)、豊真将(現・立田川親方)、木村山(現・岩友親方)、大岩戸(現・幕下)とか、プロに進んだ人がたくさんいました。だから、入門後は「同級生には負けたくない!」という気持ちが強くて、「早く十両に上がりたい」「幕内の土俵で相撲を取りたい」と、必死になっていたんです。でも、実際に幕内に定着してからは、そこに落ち着いたというか、一部報道で「サラリーマン力士」などと言われてしまうような状況だったんです(笑)。

――26歳のときに、奥様(愛さん)と結婚。21年にはお嬢さん(梨愛ちゃん)も誕生しました。

嘉風 気づくと、30歳になっていました。その頃、年下の松鳳山、大学の後輩・妙義龍が自分より早く三役になったんですね。妻がサラッと言うんです。「彼らが三役になっているのに、なんでマーくん(嘉風の愛称)はなれないの?」って。妻は多少負けず嫌いなところもありますが、そのひと言で気づいたんです。(三役に上がれなくて)悔しいのは、自分だけじゃない。周りの人も悔しいんだ。だから、何かを変えなくちゃいけない! と。

 そうは言っても、もう30歳。今からバシバシ稽古をするのは難しい。そこで、それまでもトレーニングはしていましたが、専属トレーナーをつけて体を作り直すことと、食生活を変えることを決めたんです。すると体が強くなって、大きな相手と対戦しても痛くないので、恐怖心を感じなくなった。思いっ切り相撲が取れるようになったことで、結果も出だしたんです。

――26年夏場所、32歳にして新三役(小結)に昇進しましたね。

嘉風 だいぶ遠回りしましたけどね(笑)。ただ、その翌場所、前頭2枚目だった自分は2横綱、2大関を倒しながら、後半戦、平幕力士に5連敗して7勝8敗と負け越してしまったんです。場所後、知人に「後半、失速したね」と言われたときに、自分が「上位の人を倒しているのに、平幕の力士に負けたら、みっともない」と思っていたことに気づかされたんです。他にも「ヘンな相撲を取ったら、かっこ悪い」とか。つまり自分との戦いに負けていたんですね。そこで、メンタルの修業を始めたんです。

 それまで年間90日ある本場所中は、いつも緊張していて、1日たりともおろそかにできない、という考え方でした。でも、心の持ちようを変えようと努力してからは、緊張している自分を受け入れられるようになったし、楽観的に考えられるようになったんです。

 35歳で小結に復帰したことで“進化する35歳”なんて言われたりもしますが、体力的な進化じゃなくて、気持ちが充実していることで、爆発的に力が出るようになった。それが夏場所の8勝、勝ち越しにつながったんだと思います。それと、去年9月、目が内出血して腫れているときに、目のケガは慣れっこなんで病院に行かなかったんですね。そしたら妻が病院に行ってくださいって。いつ辞めても満足なくらい最近、頑張ってるじゃないって。必死にやってると伝わるんだな、やっていたことは間違えてなかったんだと、すごく心に響きました。

――元大関・琴風が率いる尾車部屋の雰囲気も合っているんでしょうね。

嘉風 尾車部屋に入門したから、今日の自分があるのだと思っています。稽古がとても厳しい部屋もありますが、ウチの部屋の場合、自分のやり方を師匠が認めてくれているというか、任せてくれているというのが、大きいと思います。僕は力士としては小柄なほうですし、若い頃と同じような稽古をすることは正直、きつい。土俵上での稽古が少ない分、トレーニングでカバーする調整法を許していただいている師匠には、本当に感謝しています。

――また、嘉風関は次世代の角界を担う若い力の発掘にも力を入れていますね。

嘉風 毎年、地元の大分で「嘉風相撲大会」という少年相撲大会を開いているんですが、当初、この大会の目的は「競技力の向上」と「底辺の拡大」でした。でも、選手たちのレベルが高くなってきたので、底辺の拡大は、「嘉風チャレンジ」という相撲教室で補うことにして、先月(6月11日)も、地元で相撲の指導をしてきたところなんです。70人くらいの少年たちが集まって盛況でしたよ。そうした活動も含めて、僕にとって相撲は“天職”だと思っています。だけど、ウチの息子(凌聖くん)にはやらせたくないなあ。今、3歳なんですが、「パパの相撲見たい」というほど、相撲好きなんです。でも、相撲は痛みを伴うスポーツですからね。「やりたい」と言われれば、反対はしませんが、できれば言ってほしくない(笑)。

――さて、名古屋場所は番付を半枚上げて、東小結での戦いとなります。

嘉風 西小結だった先場所初日、東横綱の稀勢の里関と当たりましたが、名古屋場所初日も、稀勢の里関との対戦が組まれる確率が高いと思うんです。初日は誰でも緊張しますが、横綱は先場所、途中休場していますよね? 休場明けの初日はさらに緊張すると思いますし、3~4日と時間がたって、自分のペースをつかんでしまわないうちに、初日に対戦したいところですね。そうなったとしたら、皆さんの期待を裏切らない戦いをお見せしますよ!

 番付の目標としては、大関昇進です。「その年で?」と笑われるかもしれないけれど、人になんと言われてもかまわない。昨年、関脇で勝ち越したとき、「大関を目指す」と言ったけど、すみません、あれは勢いでした(笑)。その後、7場所平幕に落ちている間に経験したことが、先場所の8勝につながった。だから、これまでで一番重い8つの勝ち星だと思うんですよ。大関を貪欲に狙いつつ、可能なら40歳や、45歳まででも現役を続けていきたいですね。でも、つまらない相撲しか取れないようになったら、そのときはスパッと身を引きます。いつも「この一番で終わってもいい」という覚悟で、僕は土俵に上がっていますから。

 最後に、名古屋場所への思いを聞いたところ、「宿舎のある瀬戸市の鰻屋さんで食べるのが楽しみ」と、お茶目にかわした嘉風。また、9度目の三賞は「9は数字が悪いので早く10度目の賞を獲りたい」とも。嘉風の読み通り、初日の稀勢の里戦はあるのか。大関獲りにも期待したい。

取材・文/武田葉月(ノンフィクションライター)

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