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プロ野球ドラフト会議「大事件の裏側」衝撃レポート

[ヴィーナス2017年11月04日号]

プロ野球ドラフト会議「大事件の裏側」衝撃レポート

 ファンが待ちわびるドラフトの季節がやってきた。クジによって人生が変わった怪物や、まさかの指名に唖然としたスター選手。“運命の一日”の裏に隠されたドラマを追う!

■PL学園・清原和博と桑田真澄の因縁

 1985年のドラフト会議は、「KKドラフト」といわれていた。KKとはもちろん、PL学園の清原和博と桑田真澄である。だが、桑田が早々に早稲田大学進学を表明。清原は巨人志望だったこともあり、巨人のドラフト1位は清原で決まりと思われていた。ところが、蓋を開けると巨人は1位に桑田を指名し、清原は6球団競合の末、西武が交渉権を獲得。清原が会見で涙を浮かべた大事件の真相を、スポーツ紙ベテラン記者がこう明かす。

「巨人の1位は清原で揺るぎなかった。だけど、ドラフトが近づいたときに、大阪読売新聞の社会部から“清原の指名はやめたほうがいい”と連絡が入ったそうなんです。そこで急遽、桑田を指名した。桑田は、高校時代はストレートとカーブしか投げなかった。ところが、9月の国体で初めてスライダーを投げたんです。それをスカウトが見て、“これなら十分通用する”と踏んだんです」

 もし清原が巨人に入団し、桑田が早大に進学していたら……。アマチュア選手たちの人生は、ドラフトに大きく左右されるのだ。

■古田敦也は1987年のドラフトで指名漏れ

 本当に指名されるのかは、当日にならないと分からない。ドラフトに翻弄された選手が古田敦也だ。古田は、立命館大時代から注目の捕手だった。87年のドラフトでは、「1、2位指名でなければプロに行かない」と発言。すると、各球団がにらみ合いを続けたままドラフトが終了し、指名漏れとなった。

 その後、トヨタ自動車に入社し、腕を磨いた古田は、89年のドラフトの目玉となり、ヤクルトから2位指名を受けた。当時、ヤクルトのスカウトをしていた片岡宏雄氏に、振り返ってもらった。「古田本人に獲得の意思を伝えると、“嘘じゃないですよね”とニコリともせずに答えたんです。それほど87年の悔しさが大きかったんだと思います。会議で古田のことを野村克也監督に話すと、“眼鏡のキャッチャーはいらん”と一蹴されましたが、私も“この選手は即戦力になります”と反論したんです」

●野村克也監督は野茂英雄を1位指名するも…

 結局、投手を熱望する野村監督が押しきり、野茂英雄を1位指名するも近鉄が引き当てたため、外れ1位で西村龍次を指名した。「私は“次は古田で行きます”と宣言し、2位で指名することに成功したんです」(前同)

 選手を見続けているだけに、眼力はスカウトのほうが長けているのだろうか。「ノムさんも、実際に見た選手は当てています。神宮の監督室でヒマなときに大学野球を見ていて、“これはいいぞ”と評価したのが、稲葉篤紀と真中満。さすがの眼力です」(前出のベテラン記者) 古田のこともじっくり見ていたら、1位で指名していたかもしれない。

■落合博満はロッテに3位指名

 才能を見抜くために、スカウトはどんな部分を見ているのか。V9時代の巨人で、“エースのジョー”として活躍し、引退後にロッテ、巨人でスカウトを務めていた城之内邦雄氏に話を聞いた。「打者は、自分が投げているつもりで見ていた」

 その視点で見て発掘したのが落合博満だ。「落合を見たときに、カーブを打つのがうまかったんだよ。カーブを打てないとプロでは通用しないから。後で落合に聞いたら、小学校の頃から新聞紙を丸めて兄貴と打ってたんだって。新聞紙は落ちるから、それで変化球打ちがうまくなったのかもな。あと練習をよくしていた。練習後にバットを2時間振っていた。1時間は振れても2時間は振れない」

 78年、落合はロッテに3位指名を受ける。3度の三冠王は、幼い頃からの練習の賜物だったのだ。

■伊良部秀輝を高校1年のときに見て素質に惚れ込んだ

 ロッテのスカウトとして40年間、アマチュア選手を見続けた鈴木皖武氏は、伊良部秀輝を高校1年生のときに見て、その素質に惚れ込んだ。「4月に尽誠学園に行くと、大河賢二郎監督から“いい選手がいるから見てってくれ”と言われたんですよね。それで呼ばれて、ネット裏に走ってくる姿が印象的でしたね。大きい体なのに、すごくバネがある走りをしていたんです。普通、高校1年生なら、もっとヨタヨタ走るんですよね」

 メンタル面を心配して敬遠する球団をよそに、ロッテは87年のドラフト1位で伊良部を獲得。日米通算106勝を挙げるエースにまで成長した。

■大谷翔平のメジャーリーグ挑戦を翻意させたのは…

 指名が成功しても、「プロ入り拒否」という事態になるケースもある。「ロッテのスカウト時代、愛甲猛を指名しようとしたんだけど、“ロッテには行かない”って言われたんだよね。だから、俺とスカウト部長と球団代表が何回も横浜高校に行ったよ。巨人のスカウト時代は、明治大に進学が決まっていた岡崎郁を指名して、長嶋茂雄さんが説得しにいったら、すぐに落ちたね」(前出の城之内氏)

 どうやって“落とす”かということで記憶に新しいのが、12年。話題は、大谷翔平で持ちきりだった。メジャー挑戦を表明して迎えたドラフトで、日本ハムが1位で指名。指名後の会見で「アメリカでやりたい気持ちは変わらない」と話した大谷の気持ちを、どう変えたのか。「日本ハムは入団させるために、“メジャー挑戦への道”という資料をパワーポイントで作って渡したんです。そこには、“なぜ日本ハムなのか”“先輩たちがどうやってメジャーに行ったか”など論理的に書かれていた。そして、数字を使って具体的に、どうすればメジャーで成功するのかも説明してあり、それで大谷はプロ入りを決意したんです」(スポーツ紙デスク)

 結果的に日本ハムは、大谷の単独指名に成功し、近年では“ドラフト巧者”と呼ばれている。それはスカウトと球団の連携が、しっかり取れている証拠だろう。

■スカウトと球団が喧嘩してしまうことも

 一方で、担当スカウトの考えと球団の方針が乖離してしまうケースも多々ある。「01年のドラフトで、PL学園の今江年晶(本名は敏晃)を指名したんですね。打つのも性格的にも、この子なら間違いないと。トップ(1位)で指名する約束をしたんです。編成部長とスカウト部長もOKを出して。それで学校側から“本当に1位なんですよね”って聞かれて、冗談めかして“私がクビにならない限り大丈夫です”と答えたら、そしたら私じゃなくて、編成部長とスカウト部長が交代してしまったんです。すると、方針が変わって“違う選手で行くから”と連絡があり、球団と喧嘩しましたね。もう辞める覚悟もありました。ドラフトの少し前に球団が話しにいって、納得してもらったんですけどね」(前出の鈴木氏)

■巨人の横やりが入っても、久保田智之は裏切らなかった

 阪神で20年間、スカウトをしていた北村照文氏は、思わぬ横やりに苦戦したという。「02年に獲得して、その後JFKのKとして活躍した久保田智之ですね。彼がいた常磐大に行った際に、監督から“久保田は獲るって言えばなびきますよ”と言われて。人見知りで最初は言葉が返ってこなかったけど、だんだんと親しみを持ってもらえるようになった。ところが、巨人がやってきて、うちの倍の金額を出すって言ってきたんです。うちは自由獲得枠が決まっていたので、5巡目で獲ることを了承してもらったんです。彼は下の順位でも、僕を裏切らないでくれた」

●担当スカウトと選手のプロ入り後も続く絆

 プロ入り前に築き上げた信頼関係は、その後も続いていく。鈴木氏は、伊良部との交流を振り返る。「伊良部が全盛期のときに、球場に行ったんですよ。試合前に伊良部が僕を見つけて、“珍しいですね。すぐ帰るんでしょ”って言うから、“お前が降板するまでいるよ”と答えたら、“じゃあ最後までですね”って。それで、本当に最後まで投げたのを覚えています」

 北村氏も久保田について、こう話す。「僕が昨年ユニフォームを脱ぐ際に球団に言ったんです。久保田が打撃投手だったから、“打撃投手じゃダメ。功労者なんだからポストをあげてくれ”って。それで今年からスカウトになったので、うれしかったし、頑張ってもらいたいですね」

■巨人時代にドラフト外で指名した石毛博史がセーブ王に

 久保田のように下位指名で獲得した選手が活躍するのは、スカウト冥利に尽きるのだろう。「巨人時代に、石毛博史をドラフト外(89年)で指名してね。本当は3位くらいの評価だったんだけど、チーム事情でドラフト外になった。最初は拒否されたんだけど、何度か話し合いをして、納得してもらったんだよね。セーブ王になってくれたときは、うれしかったよ」(城之内氏)

●“最大の成り上がり”と言えば、ソフトバンクのエース千賀滉大

 下位指名からの“最大の成り上がり”と言えば、ソフトバンクのエースである千賀滉大だろう。今年のWBCで大活躍し、メジャーも注目する千賀は高校時代、まったくの無名選手だった。「愛知県の蒲郡高校という弱小校出身なんです。名古屋のスポーツショップの経営者が、“いいピッチャーがいる”とスカウトに紹介したのがきっかけなんです。担当スカウトは千賀を見て、“素材はいいけど、育成でなら”と、10年の育成ドラフト4巡目でプロ入りしたんです。それがまさか、ここまで大化けするとは、誰も思っていなかったでしょうね」(ソフトバンク担当記者)

●日本ハム3位指名の小笠原道大も大化け

 下位指名ではないが、成り上がりで言えば、高校時代に本塁打0の小笠原道大も挙げられる。高校卒業後にNTT東日本に入社。96年のドラフトで、日本ハムに3位で指名された。この小笠原を徹底マークしていたのが城之内氏。「ドラフトの日、俺が選手の名前を書く役だった。それで3位で小笠原の名前を書いていたら、日本ハムの指名順が1つ前で先に獲られてしまった。それでも、あそこまでなるとは思っていなかった。だから彼は日本ハムに入って良かったと思ってるよ」

 今年のドラフトは、どんなドラマが生まれるのか。

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