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プロ野球“柵越え”悲史 【二宮清純のスポーツ一刀両断】

[週刊大衆2018年02月12日号]

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 キャンプが始まれば、決まってこの3文字がメディアをにぎわすことになる。柵越え――。新外国人や大物ルーキーがフリーバッティングで何本、外野スタンドに放り込んだか。オーバーフェンス、すなわち“柵越え”である。

 古い話で恐縮だが、かつてヤクルトに“ユマの星”と呼ばれた長距離砲がいた。外野手の釘谷肇である。身長186センチ、体重86キロの偉丈夫。バットの芯に当たれば打球はピンポン球のように場外へ消えていった。ヤクルトがアリゾナ州のユマでキャンプを張っていたのは1978年から99年にかけてだ。75、76年と2年連続でジュニアオールスターゲームに出場した釘谷は、ヤクルトにとっては将来の4番候補だった。異国の地で“柵越え”を連発したことから、和製大砲への期待はいや増した。しかし変化球にからきし弱く、ホームランは83年の5本が最多。8年間のプロ野球生活で、“柵越え”は8本にとどまった。

 外国人にも“虚砲”はいた。元阪神のロブ・ディアーだ。年俸は2億7千万円。メジャーリーグ通算226本塁打(来日当時)の実力の片鱗は、早くもキャンプ地の安芸(高知)で垣間見えた。カキーン! カコーン! 小気味のいい打球音とともに南国の青空に舞う白球。レフト場外に飛び出すそれは規格外の飛距離を誇っていた。ついに球団は、周辺住民の安全確保を目的にレフト後方に防護用ネットを張る。俗に言う“ディアー・ネット”だ。

 ところが、である。シーズンが始まると聞こえるのはバットが風を切る音ばかり。芯どころかバットにかすりもしないのだ。結局、70試合で打率1割5分1厘。売り物のホームランはわずか8本。8月には右手親指を負傷し、そのまま米国に帰国してしまった。

 ことほどさように“柵越え”の本数ほど当てにならないものはない。平成の次の時代には、もう死語になっているだろう。

二宮清純(にのみや・せいじゅん)
スポーツジャーナリスト。(株)スポーツコミュニケーションズ代表取締役。1960年、愛媛県生まれ。スポーツ紙や流通紙の記者を経てフリーのスポーツジャーナリストとして独立。オリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシング世界戦など国内外で幅広い取材活動を展開中。「スポーツ名勝負物語」「勝者の思考法」「プロ野球“衝撃の昭和史”」「最強の広島カープ論」「広島カープ 最強のベストナイン」など著書多数。スポーツ情報サイト「SPORTS COMMUNICATIONS」:http://www.ninomiyasports.com/

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