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ウマすぎる日本のラーメン「闇の100年史」

[週刊大衆08月04日号]

ついにここまで……まさに仰天である。
"青い冷やしラーメン"が東京に登場。

それが、人気を博しているというのだ。
「これは、東京・旗の台の〈BumBunBlauCafe withBeeHive〉が売り出した、8月末までの期間限定ラーメン。"スピルリナ"という藻類から抽出した天然色素を使ったコバルトブルーのスープに、緑がかった麺が組み合わさったものです」(フードライター)

さっそく潜入して食してみると……う~む、サッパリして夏らしくてウマい!
豚と魚介のダシが程よく効いている!

「胃の弱った夏にちょうどいい爽やかな味わい。ほとんどの客が青いスープを飲み干して帰るそうです」(前同)

いったい、我々が愛するラーメンは、どこまで進化してしまうのか?

日本初のラーメン店、東京・浅草の『來來軒』が1910年に開店してから、100年強。新時代のラーメンライフをより豊かに過ごすため、今回、グルメ誌やワイドショーは報じない、謎に包まれた「闇の日本史」に迫った。

まず、ラーメンのルーツ。
「19世紀後半、"黒船襲来"で開国した結果、港に中国人街ができました。その中にある中華料理店が出していた麺料理が始まりです」(コンサルタント)

一方、それより200年以上前の江戸時代にラーメンがあったとの話もある。
「1665年、"水戸黄門"こと徳川光圀が、明(当時の中国)から亡命した儒学者の作った"汁そば"を食べたとされています。しかし、当時は"生類憐みの令"が出されていた時代で、殺生は禁止。その中で、光圀はタブーを犯し、豚や鳥など肉類でダシを取らせて、舌鼓を打っていたそうです」(情報誌記者)

紛れもない"闇の日本史"。
庶民のもとに届くには、前述の『來來軒』開店を待たねばならなかった。

「醤油味の東京ラーメンの草分けであり、チャーシューやメンマを初めて載せたのも同店でした」(前同)

どれどれ、東京ラーメンをひと口いただきます。
ズッと……。
ズハァ~、最高!

他方、1884年の函館新聞の広告欄に、函館の『養和軒』という店の〈南京そば(15銭)〉という広告が掲載。

これが今のラーメンの原型という指摘もある。
「しかも、この"南京そば"は塩味。これをラーメンとするなら、塩ラーメンこそがラーメンの本流」(同)

ちなみに、味噌ラーメンのお出ましは、だいぶあとのこと。
1955年、札幌の『味の三平』が元祖。

「お客さんに、"豚汁に麺を入れてほしい"と言われて開発に取り掛かり、完成させたのが味噌ラーメン」(前出・コンサルタント)

進歩は一朝一夕にしてならず。
それは"具"も同じ。

チャーシューは"焼豚"をイメージしがちだが、ほとんどの店では"煮豚"を使用。
これには理由がある。

「大日本帝国軍が編纂した、炊事班のレシピ本"軍事調理本"に載っている"煮ハム"がチャーシューのルーツです。戦後、帰還兵がラーメンに加えたことで、チャーシューメンができたんです」(軍事ライター)

続けて、メンマ。
『來來軒』の時代からあった伝統的な具材である。

「支那竹(しなちく)と呼ばれていたが、原材料の麻竹(マチク)を日本に輸出していた台湾の政府から、"なぜ台湾産のものが支那(中国)と呼ばれるのか"と抗議を受け、"麺の上の麻竹"から、メンマと呼び方を変えた」(ベテラン記者)

ちなみに、呼び方は「南京そば→支那そば→中華そば→ラーメンと変わってきた」(コンサルタント)のが通説。
ラーメンという呼称が浸透したのは、58年発売の『チキンラーメン』の大ブレイクから。
具材の話に戻ろう。
味付け卵は、固ゆでは荻窪『漢珍亭』が、半熟は葛西の『ちばき屋』が元祖と言われる。

「固ゆでのモデルとなったのは、台湾の煮玉子・魯蛋(ルータン)。半熟の『ちばき屋』は、和食の手法から取り入れたものだとか」(前同)

ビールと一緒に、チャーシュー、メンマ、味付け卵のおつまみ……。
くぅ~、これもたまりませんな!

戦後、カップ麺の大躍進もあり(後述)、国民食となったラーメン。
大きな転機を迎えたのは、1996年。

「動物と魚介の"Wスープ"で大人気店となった『青葉』と『麺屋武蔵』、"神奈川淡麗系"と言われる、透明かつコクのあるスープの『くじら軒』の3店がそろって創業したのが96年。革新的な味、清潔でスタイリッシュな店内や接客、サイドメニューの充実、限定ラーメンの販売など、それまでにない新たな試みがたくさん。現在のラーメン業界の常識の多くは、この"96年組"がもたらしたものなんです」(ラーメン評論家・大崎裕史氏)

それから約20年、今もラーメンは変化を続けている。

「"常に変わらずウマい、と常連客に言ってもらうには、彼らに気づかれず、微妙に味を変えていかなければならない"――これが、東京を代表する老舗ラーメン店、荻窪『春木屋』のご主人の言葉で、"春木屋理論"と言われるものです」(前出・ベテラン記者)

さて、今日は、どのラーメンを食いましょうか!?


サッポロ一番ふなっしーも参戦「鬼ウマご当地ラーメン」仰天 実態

B級グルメの最高峰たる"ご当地ラーメン"が今、揺れている――
というのも、あの"ゆるキャラ"ふなっしーがカップ麺『ふなっしーの船橋ソースラーメンなっしー!』(サッポロ一番)を携え、堂々乗り込んで来たからだ。

「ソースラーメンは、戦後、船橋駅近くの『花蝶』という中華食堂が、ソース焼きそばをヒントに作ったのが始まり」(グルメ誌記者)

カップ麺、ゆるキャラをも巻き込むほど、巨大化したご当地ラーメン市場。
本誌で『美味巡り極うま麺』を連載中のフードジャーナリスト・はんつ遠藤氏は、こう指摘する。

「もともと、地方で独自の進化を遂げ、文化として定着しているご当地ラーメンは全国各地にありました。それが注目されるようになったのは、『新横浜ラーメン博物館』に、和歌山ラーメンの『井出商店』が出店した98年から。なんと、1日平均900杯近くの売り上げを記録したんですから」

B級グルメの流行とも重なり、この15年ほどで一気にメインストリームへ躍り出たというわけだ。

「4大ご当地ラーメンと言われる札幌味噌、喜多方醤油、東京醤油、博多豚骨に加え、日本各地の地元で愛されてきた質の高いラーメンが、全国区に知れ渡ることになりました」(フードアナリスト)

和歌山ラーメンと並ぶその代表例が、北海道の旭川と徳島のラーメン。
「札幌の味噌、函館の塩に対して、旭川は醤油ラーメン。動物×魚介ダシのWスープを採用する店が多いのは、かつて旭川では養豚業が盛んであったことが背景にあるようです」(前同)

また、徳島ラーメンは、濃厚な豚骨醤油スープに生卵が載っているのが大きな特徴とされている。
「徳島ラーメンには茶系、黄系、白系の3系統がありますが、『新横浜ラーメン博物館』に出店した『いのたに』が茶系だったことから、広く徳島ラーメンとして知られるのが茶系となった経緯があるんです」(同)

現在、前出のはんつ氏が注目するのは、新潟・三条の「カレーラーメン」。
「その歴史はおよそ70年。戦前から存在し、現在まで三条市のラーメン店では、ほとんどの店でカレーラーメンを出しています。しかしながら、ご当地ラーメンとして注目され始めたのが、なぜか遅かったんです。スープの味や辛さや濃度、具材などのバリエーションが豊富なのも特徴ですね」

食欲をそそる、カレーとダシの匂い……。
これは、たまりませんな!

カレーラーメンのように長い歴史を持つものばかりではない。
最近では、「町おこし」を目的としたご当地ラーメンも全国各地の自治体で開発されている。

「ラーメンファンは、これを"ネオ・ご当地ラーメン"と呼んでいます。独自の文化として根づくことは、なかなか難しいのが現実です。しかし、やる気のある店主たちの努力によって、地域を代表する一杯へと成長したお店も出始めてきています」(前出・フードアナリスト)

この"ネオ・ご当地ラーメン"の代表とも言えるのが、08年に生まれた名古屋の「台湾まぜそば」。

はんつ氏は、こう話す。
「鷹の爪やニンニクを効かせた醤油味のピリ辛ミンチを極太麺に載せたまぜそばで、名古屋の『麺屋はなび』が発祥です。東海圏だけでなく、東京でも台湾まぜそばを出す店が増えてきています。先日、ついに『はなび』も東京・新宿に進出を果たしました」

スゴイ、スゴイ!
大ブームの予感!


え!?カルボナーラも人気商品??進化を続ける「つけ麺」大戦争

ブームを経て、今やすっかりラーメンの一形態として認知された「つけ麺」。
今日も進化を続けている。

「チーズと温泉卵の載った太縮れ麺を、厚切りベーコンの入ったクリームソースにつけて食べる"カルボナーラつけ麺"なんてメニューを出す店も増えています」(フードアナリスト)
こんなのマズイに決まってる。そう思い試食してみると、あら不思議……。
トロ~リとスープが麺に絡んでしょっぱウマい!

バリエーションも増え、なおもファン層を拡大するつけ麺。
1961年創業の東池袋『大勝軒』の山岸一雄氏が、考案したものだ。

「山岸氏が、独立して創業する以前の修業時代、残っていた麺を、スープと醤油を湯のみ茶碗に入れて浸して食べたまかない料理から着想を得て、完成させたものだそうです」(前同)

ちなみに、"つけ麺"という名称が最初に使われたのは、昭和40年代後期にチェーン展開された『元祖つけ麺大王』。
『大勝軒』ではずっと"もりそば"として販売されている。

つけ麺業界の転機は、21世紀に入ってすぐに訪れた。
1945年創業の老舗製麺所が2001年、高田馬場に『つけ麺屋やすべえ』を出店したのだ。

「『やすべえ』は、つけ麺の"大盛無料"というスタイルを定着させ、行列店となりました。これによって、『麺屋武蔵』でさえも"大盛同額"にせざるをえない状況となった。業界全体への影響力は、非常に大きかった」(グルメ誌記者)

ラーメンの麺は、普通盛りで150グラム程度だが、つけ麺は、250~300グラムと1・5~2倍の量が基準になっている店が多い。

「つけ麺は、麺が冷たく、つけダレにつけるのも一瞬。麺が伸びることなく、最初から最後までツルツルと食べられるため、麺が同量では食後の満足感が、ラーメンに比べて物足りなく感じるためと言われています」(前出・大崎氏)

店によって、つけダレの味わいはさまざまだが、
「酸味や甘みを効かせたものが多く、00年代中盤から濃厚魚介豚骨系が大ブームに」(前出・アナリスト)

現在は、その反動からか、湯島『天神下大喜』、お茶の水『大至』、蓮根『元』など、清湯系の細麺も人気。

「汁なし担々麺など"あえつけ麺"が注目されるのも、新しい動きです」(前同)
要するに、つけ麺は今も試行錯誤の真っ最中なのだ。

「麺の提供の仕方も、従来どおりの冷たい麺がいいのか、温かい"あつもり"がいいのか、答えは出ていません。それだけ可能性を秘めています。今後、思いもよらないつけ麺が飛び出す余地は大いにある」(同)

新しいつけ麺、出て来いや!


ライト路線もガッツリ系も充実豪華絢爛男の「カップ麺うんちく講座」

コンビニに行くたびに本誌記者が興奮してしまうのが、カップ麺のコーナー。

「各社、常に刷新を図っている。人気店による高級志向のプロデュース商品、女性向けのヘルシー路線、『スーパーカップ』などのガッツリ系も、シーズンごとに新しい味を発表。進化を続けてます」(食品メーカー幹部)

試しに、新商品『カップヌードルライトそうめん』を購入。
たかがそうめんと侮っていたが、コレが実に深い味。
麺もモチモチ!

「1971年、日清食品の創業者・安藤百福が発明した『カップヌードル』が始まりです。彼は『チキンラーメン』の開発者でもあり、同商品を広めるべく海外へ視察に行った折、ラーメンを紙コップに入れて食べる現地バイヤーの姿を見て、カップ麺を思いついたそうです」(ベテラン記者)

その後、日本全国へ広まったのは、
「72年のあさま山荘事件で、機動隊員たちがカップ麺をズルズル食べる姿がテレビで流されたから」(前同)というのが通説。

「73年にエースコック、74年に明星食品、75年にサンヨー食品と、他社も次々と参入。75年には生産量が10億食を超え、日本はカップ麺大国に。80年代には商品開発が進み、88年、『スーパーカップ』シリーズが登場してビッグサイズブームを巻き起こしました」(同)

92年には、生タイプ麺の『日清ラ王』、翌93年に『一平ちゃん』が発売と、"カップ麺黄金時代"を経て、現在に至る。

この日本発の食文化は世界中で愛され、韓国やベトナムでは、"朝食にカップ麺"という習慣が根づいている。

むろん国内でも同様。
女性芸能人にもファンが多く、
「女優の麻木久仁子、日本テレビの葉山エレーヌアナも大好物です。特に、葉山アナは、食べ終わったあとにライスをスープにブチ込んだ"雑炊"には目がない」(芸能記者)

さらには、NHK朝ドラ『花子とアン』でおなじみの吉高由里子も。
「彼女は"カップラーメン茶碗蒸し"が好き。残った汁を別容器に移し替え、かき混ぜた生卵と一緒に、ラップしてレンジで3分、チンすれば完成」(前同)

醤油味にはかつお節、カレー味にはチーズなど"ちょい足し"も楽しいカップ麺。
これからも、お世話になります!

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