■大リーグ生活における大黒柱
では最後に、そのダルビッシュ以上とも言える大谷の同志を一人、紹介したい。
大リーグにおける大谷の活躍があるのは、多分に、この人のおかげと言っても過言ではないだろう。
「やっぱり、通訳の“一平ちゃん”こと水原一平氏(38)じゃないかな。いくら野球が万国共通のスポーツといっても、異文化に飛び込んで、毎日プレーするのは並大抵のことじゃない。それは、日本に来ている外国人選手も同じだよ」(同)
通訳の仕事は、言葉を伝えるだけではなく、とんちの効いた気配りも求められるという。
「昔、ロッテにディアズって助っ人がいたんだけど、彼の通訳は、監督の金田(正一)さんが、どんなに怒鳴り散らしても、全部、“足は大丈夫かって聞いている”と訳していた(笑)。
そういう気遣い一つを取っても、通訳の善し悪しって、かなり重要だと思うよね」(同)
自然と周囲を味方にする人間性や運も、トレーニング同様、大谷が日々、会得していったものに違いない。
■二刀流・大谷翔平の「7人の師匠」略歴
ダルビッシュ有【二刀流が投球で憧れた】1986年8月16日生まれ。NPBで最強投手の名をほしいままにして、2012年に渡米。20年に日本人投手初となる最多勝利を挙げるなど、大リーグ屈指の好投手。
大谷徹氏【MVPの父】1962年生まれ。幼少期より野球を始め、三菱重工横浜野球部でプレーした元社会人野球選手。現役引退後は、水沢リトルでコーチと監督を務め、息子を指導した。
栗山英樹【日本の恩師】1961年4月26日生まれ。現役時代は目立った成績ではなかったが、日ハムを率いた10年間で2度の優勝。23年のWBCでは監督として、大谷を招聘し、世界一へ。
花巻東・佐々木洋監督【天才を覚醒】1975年7月27日生まれ。大谷翔平だけではなく、ブルージェイズの菊池雄星を育成した。野球部員の丸刈りを廃止するなど、型にはまらない指導に定評がある。
ジョー・マドン【アメリカの恩師】1954年2月8日生まれ。カブスを苦しめた「ビリーゴートの呪い」を解いた監督として知られる。また、最優秀監督賞を3度受賞するなど大リーグきっての名将。
松井秀喜【二刀流が打撃で憧れた】1974年6月12日生まれ。甲子園での5打席連続敬遠など、高校時代から幾多の伝説を残す。大リーグでは、日本人選手初となるワールドシリーズMVPに選出。
ペドロ・マルティネス【お手本】1971年10月25日生まれ、ドミニカ出身。レッドソックスなどで活躍した元大リーガーで、サイヤング賞を3度受賞した大投手。大谷が憧れる美しいフォームを持つ。