「お前らのことは一生面倒見るからな……」

永ちゃんと同じく不良少年出身ながら、今や日本のみならず国際的なリスペクトを得るタレントがいる。

ビートたけし、いや北野武といったほうがいいか。
父親は飲んだくれのペンキ職人、東京・足立区で生まれ育ったたけしの家庭環境が貧しかったことはよく知られている。ガキ大将だったたけし少年は、貧しいながらも教育熱心な母親にうながされ明治大学に合格するも、雰囲気になじめずドロップアウト。アルバイトを転々としながら何者にもなれずチンピラのような日々を送っていた。

そんな不遇の20代でたけしが出会ったのが、芸人という道。浅草のフランス座で頭角を現すと、世の中の権威すべてを早口でこき下ろすアナーキーな攻撃的漫才で一躍時の人となった。だが人気絶頂の86年、その牙が写真週刊誌に向けられた。

「ブチ殺すぞ、コノヤロウっ!!」
愛人の女子大生への突撃も辞さない執拗な取材にキレたたけしは、軍団を引きつれて講談社の「フライデー」編集部を襲撃。怪我を負わせて現行犯逮捕、有罪判決を受け、以後半年間におよぶ謹慎を余儀なくされる。だが釈放後の記者会見で「今後、愛人のA子さんとはどうなさるんですか?」という記者の質問に対し、ギラリとした目で答えた。
「もっと仲良くしようと思います」

もはや殺気さえ宿るギャグである。だがたけしはその反面、ともに現行犯逮捕された軍団に、「お前らのことは一生面倒見るからな……?とつぶやき、弟子たちを涙させている。ブチ切れて襲撃にむかう最中でも、ガチの武闘派で知られるつまみ枝豆には、「アイツには連絡するな!」と気づかうなど気遣いを見せている。「生粋の親分肌?とはこういうことを言うのだろう。

94年、ふたたびバイク事故で生死の境をさまよって窮地に陥るも、映画監督として復活、ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞など国際的な名声を得ているたけしには、「映画作りに集中すべき」という声もある。それでもたけしがバラエティ番組やCMに出続けるのは、フライデー事件時の軍団との約束があるからだと言われている。かつては軍団に対し「鉄拳制裁も辞さなかった」というたけしだが、長年「理想の上司」ランキングで上位に挙げられるのは、こうしたケタ違いの「男気」や人間的な「包容力」を視聴者が無意識に感じているからだろう。

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