天皇、皇后両陛下の行幸で、11年ぶりに実現した天覧競馬。6万人を超える入場者数。宿命のライバル、と言ってもいいイクイノックスとの再戦……第168回天皇賞(秋)は、僕にとっても、ファンの皆さんにとっても、これ以上ない最高の舞台となるはずでした。
天皇陛下のご観覧が決定したという知らせを聞いたとき、まず最初に浮かんだのは、2005年、ヘヴンリーロマンスで勝利を挙げ、貴賓席に向かって馬上から深々と頭を下げた幹夫さん(現・松永幹夫調教師)の姿です。
エイシンフラッシュで勝利を飾った(12年)、ミルコ(・デムーロ騎手)が、天皇、皇后両陛下が観戦されたスタンド前で下馬。片膝をついて礼をしたシーンは、ある種の憧憬を抱きながら見つめていました。
――今年は、僕が。
そのためには、“勝利”の二文字が絶対条件になりますが、そのためのピースはそろっていました。
僕自身は、前日の京都2R2歳未勝利をトッピゴーで制し、京都競馬場での1400勝に王手。一気に記録達成とはいきませんでしたが、天皇賞(秋)に向け、気合い十分でした。
ドバイターフ取り消しとなった相棒のドウデュースも、原因となった左前肢の跛行は完治。北海道に滞在していた夏競馬の間に、何度か放牧先に会いに行きましたが、筋肉もまったく落ちていなかったし、ものすごく元気そうでした。
イクイノックスの強さが、本物中の本物だということは、誰もが認めるところ。
でも、です。実際、昨年、日本ダービーのタイトルを、ダービージョッキーの称号を手にしたのは、その強いイクイノックスを負かしたドウデュースと僕です。
この天皇賞(秋)が、もう一度、“最強を証明する”レースになるはずで、ようやく、その日が来たなとワクワクしていました。
ところが――。ドウデュースの馬上にいなければいけないはずの僕が、そこにいることができなかった……。結果として、皆さんが楽しみにしていた大事なレースに、水を差すことになってしまったことは痛恨の極みです。
アクシデントが起こったのは、10月29日、東京競馬の2Rです。
レースを終え、腹帯を取ろうとしたのと、馬が暴れるタイミングが重なり……。避けようとしたんですが、避け切れずに、右太ももを蹴られてしまったんです。
2歳馬にとっては、初めて競馬場に連れてこられ、満員のお客さんの前で、初めて経験したレースの後ですからしかたがありません。
なんとか乗れないかなと足を踏ん張ってみましたが、みるみるうちに腫れがコブのように膨らみ、歩くこともできなくなっていました。
悔しいです。無念です。でも、これで終わりではありません。僕にも、ドウデュースにも、次があります。1日も早く治し、復帰するので、皆さん、待っていてください。
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