"特機"と言うと、聞きなれない人も多いでしょう。「特殊機材」の略です。映画やドラマなど、映像を撮る際に使用するカメラを乗せる特殊機材のことなんです。なかにはカメラを乗せる大型クレーンまであります。そんな特機を日本で一番所有する会社の社長が軽部進一さん。
私も映画を撮る際には、軽部さんの会社の特機とカメラを使わせて頂いてます。

「言ってみれば、映像を撮る際の"縁の下の力持ち"ですね。特機は決して目立っちゃダメだから。映像の中でことさら特機を使ってる感じを出しちゃいけないしね」と軽部さん。
「普通に撮影するよりもカメラも動いた方が面白い!」と言う発想から特機を生み出したアイデアマンのお父様が脳梗塞で倒れてしまったのを機に、二代目としてお父様の会社(NK特機)を、自身が経営する(K&L)会社と合併させたと言う。その後、特機のスペシャリストとして活躍していた軽部さんはいまから3年前、43歳のときに映画監督としてデビューする。


「最初はまったく監督になるなんて思ってなかったんですよ。むしろ、断ってたくらいでね(笑)でも、半年に6回も、あるプロデューサーから打診され悩みました。でも、せっかく監督するなら、"特機"自体を知らない人たちに魅力を知って欲しかったんですよね。特機を使うとエンターテイメント性が出て絵がとても綺麗。本当はね、映像に特機を使ってる感を出しちゃいけないんだろうけど、私はむしろ"逆"。特機を使った感、満載にしました(笑)。
一番最初に撮った映画『赦免花』は特機のPVを撮った感じがするくらいだし(笑)。
特機で撮れる最大限の絵の魅力を次世代のキャメラマンや監督たちに知ってもらいたかったんです」
そんな特機を使った映像の魅力が満載の1作目『赦免花』は、パキスタンラフォール映画祭の最優秀監督賞を受賞し、2012年のゆうばり国際ファンタスティック映画祭にも出品、この5月には、監督映画2作目である『歌舞伎町はいすくーる』も公開される。


東京随一の歓楽街"歌舞伎町"を舞台にした作品を撮られた軽部さんにとっての、"東京"という街の魅力を聞いてみた。
「東京は、住む所ではなく働く場所だと思ってるんですよね。実際には住んで仕事もしてますけど(笑)。でもね、日本はまだ文化的に発展途上だと思うんです。文化レベルが他諸国に比べて低いと言うかね。東京は面白いけど、年々淋しい街になってる気がする。アナログの人間同士のぶつかり合いがなくなってきてデジタル化している気がするね。付き合い方ひとつとっても、ツールで出会ってツールでつながり合うことも増えたせいか、リアルでのやりとりから生まれる人間的な感覚が少なくなってきてる。地方と比べてもね。昔はもっと東京も温かかったよね。」

軽部さんは取材の最後に笑顔で、「これからは、心と心が触れ合うような人間関係をつくっていきたいんですよ」と話してくれた。意味深ですね?(笑)と言う私の問いに具体的に話してくれた軽部さん。
「いやね。親父が元気な頃は、親父の周りに俳優さんでも会社の社長さんたちでも本当に周りにたくさんいたんですよ。僕も子どものころから親父の仕事場についていって、日活の撮影所で遊んでいたくらいなので、みんな可愛がってくれたりね。でも、親父が倒れて現役を退いた瞬間、親父に関わっていた人たちがサーッといなくなっちゃった。なんか淋しいですよね。貸したお金も返って来ないし、見舞いに来るどころかお花すら贈って来ない。お金やモノじゃ測れないにせよ、それじゃあまりに淋しいじゃない?でも、自分の世代では、東京に生きて働いてる以上、"心"がある大人でいたいと思ってますよ。東京って世界でもファンが多い魅力的な街ですからね。その魅力がカルチャーと、それを形づくる人間と、両面から醸し出されるものであってほしいですね。」


※軽部進一監督の第二作「歌舞伎町はいすくーる」は5/3より公開になります。私も友情出演で出ていたりします(笑)。ご興味ある方は是非観て下さい!

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