岩井志麻子のあなたの知らない路地裏ホラー

 

その歌舞伎町の飲み屋の雇われママは日本人ではなく、近隣の某国出身だ。
「兄弟はたくさんいたよ。でも同じお父さんの子はすぐ上の兄と私だけ。って、お父さんの顔も知らないけどね。一応、この妹のお父さんはあのおじさん、この弟のお父さんはあの人、ってわかる。でも末の弟だけは、お父さんが牛なんだよ」

「はぁ!? 牛ってあの、牛乳や牛肉の牛? モ~ッて鳴く大きな草食のアレ? 」

思わず大きな声を出した私に、彼女は素直にうなずき淡々と続けた。
その牛よ、と。
「ある日、お母さんが村に一軒だけあった雑貨屋で買い物して、家への道を歩いてたんだって。雨季に入る頃。ちょうど今頃だね。突然あぜ道から大きな牛がやってきて、ドスンとぶつかられて、気を失った。それからしばらくして、妊娠に気づいた。その頃は男と全然アレしてなくて、思い当たることがなかったんだよ。どうも、あの牛に孕まされたとしか思えないって。それで生まれたのが末の弟。弟は十五の頃に家を出てって、今どこでどうしているのかまるでわからない」

ちなみに、あなたには子どもはいるのかと訊ねたら。故郷にいるよ、と微笑んだ。
「私の息子も実は、牛の子よ。田舎を出て行く前の日、母と同じように家の近くで牛に襲われたの。そのときまだ、男を知らなかったんだから。なのに、妊娠してたの。ずっと気づかなくて、堕胎できなくなって産んじゃった。母を孕ませたのと、同じ牛なのかなぁ。せめて別の牛であってほしいよ」

彼女の息子は、田舎の年老いた母親が育てているそうだ。
「母は、少し牛の言葉がわかるようになった、といってる。でも、不思議だね。弟も息子もまったく見た目は人間の子だよ。牛っぽいところは一つもない」

 

 

 

 

 

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