極限を求める『人間力』 篠宮龍三(プロフリーダイバー)の画像
極限を求める『人間力』 篠宮龍三(プロフリーダイバー)の画像

深海では、自分の存在が魂だけになって、真っ暗闇の海の中にポカンと浮かんでいる感じなんです。
体の感覚は、ほとんどないんですよ。

ブラッドシフトっていうんですけど、一番大事な臓器である脳を守ろうと、そこに血液が集まってくるんです。
脳のなかでも、感情などを司る大脳ではなく、生命の維持を司る小脳に。
小脳って心臓を動かしたり、まったく意志が入りこまない部分。

だから、体の感覚だけではなく、死んでいるのか、生きているのか、右がどっちで左がどっちという理念的なものが、一切飛んでしまう。

そんな世界に体一つで潜っていこうと思ったのは、大学2年生の時に見た映画『グラン・ブルー』がきっかけでした。
ジャック・マイヨールという、人類で初めて素潜りで水深100メートルに達した人をモデルにした映画だったんです。
そこから素潜りという競技に憧れを抱くようになったんですが、フリーダイビングなんてマイナー競技で、とても飯なんか食っていけないんですよ。

なので、大学卒業後は、普通に就職して会社員になりました。
ただ、毎日プールで潜って、毎週末、伊豆に行っていました。
遊びのはずのダイビングで過労死するかと思ったくらい忙しい生活でした(笑)。

そんな生活を続けていくうちに、尊敬するジャックが、日本の海で作った当時の世界記録76メートルを潜ることができたんです。
これで、ようやく素潜りで飯を食べていこうって決心ができました。
会社を辞めて、プロ宣言をしたんです。

プロになった当初は天狗になっていましたね。
スポンサーもなんとか見つかって、日本人では、ぼくしかできないテクニックも身につけて、記録が1年で20メートルも伸びたんですよ。

年間で10メートル記録が伸びれば、御の字という世界なので、"世界記録出せるぞ"って舞いあがっていました。

でも、やっぱり海って純度の高い鏡なんです。
気持ちの中に驕りや慢心があれば、必ずはね返ってくるんです。
競技中にブラックアウト(酸欠状態で意識を失うこと)を起こしてしまって、恐怖心が体に刻み込まれてしまったんです。
海に入ってしまえば、人間もアリも同じ。
ポチッと、いとも簡単に死んでしまうんだと。
そんな精神状況では、記録も伸びず、完全にスランプでしたね。

そこから、ぼくを救い出してくれたのは、「因果一如」という言葉。
スランプの時期にジャックが禅に傾倒していたことを思いだしたんです。

伊豆にある禅寺で3か月修業をしていた時期があって、ぼくもそのお寺に行ったんです。そこで住職の方にお話を伺ったり、ダライ・ラマや、臨済宗の僧侶・玄侑宗久さんの本を読んで禅の勉強をしました。

その中で、「因果一如」という言葉に出会ったんです。
因果って聞くと、原因があって結果があるというイメージなんですが、禅の世界では、原
因と結果を結びつけず、一緒のものと考えるんです。

つまり、良い行いをしたから、必ず良い結果が出るわけではない。
良い行いをした時点で、報われているのだから、未来に成果を期待するなっていうことらしいんです。

この考えを知って、スコーンと、心の中にあったつっかえが取れた気持ちでした。
その当時のぼくは、これだけ努力したんだから、必ず記録を伸ばせるはずだと未来を気にしすぎていたし、過去の失敗にとらわれて、また失敗するんじゃないかと考えていたり、未来や過去ばかりに気をとられていたんです。

でも、違った。
今に集中しなければいけなかったんですよね。
今のベストを尽くせば、後の結果は良くても、悪くてもどうでもいい、そう思えるようになったら、すごく精神的に楽になったんです。

やっぱり、海って鏡なんですよね。
全部お見通し。気負いがなくなったら、自然と記録も伸びていきました。

09年に107メートルを記録して、ジャックが持つ105メートルを超えたときは、嬉しかったというよりかは、燃え尽きましたね。

そこから、また気合入れ直して、翌年、115メートルというアジア記録を出せました。
世界記録は128メートルなので、まだ遠いですけど。

記録を出してからは、世界大会を沖縄で開催するために、オーガナイザーをしたり、コーチ業に勤しんだりしていたんですが、最近、気がついたんです。
選手の時間は有限だと。

だから、その時間をもっと濃く使いたいなと思っています。
監督やコーチは引退してからもできますからね。

やっぱり、未来のことをあれこれ考えるより、今が大事なんです。

撮影/弦巻 勝


しのみや・りゅうぞう
法政大学卒業後、会社を5年勤めた後、2004年日本人初のフリーダイブという素潜りで潜水する競技のプロ選手となる。2005年、世界ランク1位入賞。2013年5月、カリビアンカップでコンスタントノーフィンのアジア記録を更新(通算34個目のアジア記録)。同年10月バリ大会にてコンスタント種目優勝。国内初のプロ選手として国際大会を中心に参戦中。競技活動の傍ら、スクールや大会も運営する。

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