フユ子が女子大生だった頃、たびたび見ていた踏み切りの男の幽霊。その元になった話をしてくれた老婦人が亡くなってからは、まったく見なくなったという。

「今から思えば私、あの老婦人にいろいろ支配されてた感じ。洗脳、とかいうの? 踏み切りの男の幽霊も、暗示や思い込みによる幻、錯覚だったのかもね」

それは、なんともいいようがない。もしかしたらヤクザ者の幽霊は、踏み切りにではなく老婦人に憑いていたのかもしれない。老婦人も死んで、成仏したのか。 

何にしても老婦人が亡くなって、もう二十年近く経つ。フユ子の住むマンションも人の出入りが多く、老人は亡くなり若い人は引っ越し、近所周りも顔ぶれは変わった。老婦人について覚えている人も、数えるほどになってしまった。 

「最近、だんだん人づきあいが億劫になってきたのよねぇ。ただ会社と家との往復を淡々と繰り返して、休日は閉じこもりがちになったわ。故郷の親も年老いたし、兄弟ともだんだん疎遠になっていく。今年はついに、正月も帰省しなかったし。なんとなく、あの老婦人に似てきたわ。いずれ、あんなふうになるのかもしれない」

そういえばフユ子もちょっと前まで、ヤクザ者とまではいかないが、怪しげな男と付き合っていたと誰かに聞いた。いい歳して駐車場の車の中でやったり、ハメてる写真を撮られているみたいよ、なんてその人は耳打ちしてくれた。

当のフユ子はふっと、疲れた色気と陰のある表情で笑う。

「私もこのまま歳を取って孤独なおばあさんになったとき、上京したての孤独な若い子を捕まえて取り込んで、本当か嘘かもう何もわからない踏み切りと男の話を、本当にあったこととして語りそうな気もする。きっとその子も、いもしない幽霊を見るね」


※この物語はフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません。

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