失敗から学ぶ『人間力』堀尾正明(フリーキャスター)の画像
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「アナウンサーなんかとっとと辞めて、ドラマのディレクターになろうって本気で思っていましたよ」

NHKのアナウンサーは、おしっこをした後に、絶対パンツにシミをつけていないっていう風な顔して歩いているんです。でも、本当はいっぱい、シミをつけている(笑)。
作家の井上ひさしさんが、そうおっしゃっていましたけど、まさしくと思いましたね。
NHKのアウンサーといえば、誠実そうな顔で、低い声を響かせて、それでは、ニュースをお伝えしますって言わなければならないわけでしょう。なりたての頃は、それができなくて本当に苦労しましたね。

そもそも、学生時代はアナウンサーではなくて、舞台人になろうと思っていましたからね。でも、2年留年して、周りの友人が就職していくのを見ていると、舞台だけでは食っていけないよなと、ヘタレていたんです。その時に、たまたまNHKのアナウンサーの募集があって、応募したら受かっちゃった。だから、喋り方が舞台仕込みなもんで、お祭りのニュースは楽しく読んだり、災害のニュースは悲しそうに読んだりして、そんなのいらねーんだよって怒られましたよ。

そんな調子で、新人時代は失敗だらけ。初任地は北九州市だったんですが、台風の中継があったんです。地元出身の技術さんと一緒に中継車に乗りこんで、門司港から中継ということになったんですが、九州のスタッフさんは一本気というか、麻雀とか酒を飲んだら朝までやらないと気が済まないタイプなんです。大物になりたければ、朝までつきあえ! 山川静夫って知ってるだろ!? アイツは俺たちとつきあって、紅白司会まで登りつめたんだよって言われて、ニュース原稿を書きながら、徹夜で麻雀ですよ。

翌朝、中継はもうボロボロ。挙げ句の果てに、バインダーから原稿が風でピューって。それを拾い集めている姿が中継されたことがありました。当の技術さんは中継車のなかで眠っていて字幕スーパーを出すのを何回も忘れていました。もう、アナウンサーなんかとっとと辞めて、ドラマのディレクターになろうって本気で思っていましたよ。

でも、だんだん喋るのが好きになったんです。毎週3時間、FMのDJをしていたんですが、リクエストハガキを読んだり、音楽をかけたりしながら、好きなことを喋れるんです。それが楽しくて。ただ、喋りすぎていたようで、3時間の番組なのに、4曲しか曲が流れないって、リスナーからクレームが来ました。で、次の週に、3時間曲を流して、それをBGMに喋ったんです。そしたら、今度はちゃんと曲を聞かせろって苦情がきましたね。

本当に自由な番組で、そこで喋る力はかなり鍛えられました。その後、東京に異動となって、生放送番組の『スタジオパークからこんにちは』を担当することになったんですが、そこでもトラブルですよ。

役者の石立鉄男さんにご出演頂いたんです。番組前半は、過去の作品の話で盛り上がっていましたが、グルメコーナーになり、スタジオに収穫されたばかりのジャガイモがホカホカに茹でられ、イクラやバターが載せられて出てきた時に……。中継で生産者の農家さんともつながっていて、まぁお決まりなわけじゃないですか。ゲストがおいしいですねって言うのは。でも、石立さんはまじーな、コレって。もう、真っ青。

慌てて、こういう時のゲストってやっぱりひと言、お褒めの言葉を頂けないですかと聞くと、石立さんはまずいものをまずいと言っちゃいけねーのかよと言うので、わかりました。イモだけ食べてください。とにかくゲストはおいしいと褒めなければダメなんですとまで言ってしまいましたね(笑)。
イモだけだったら、まあまあかってことで、はい、生のおイモは気に入ってますよ~と中継先に話をふったら、中継先の女性アナウンサーが真っ青になって突っ立っていましたね(笑)。
もう、番組終了後はクレームの嵐。9割は、怒っているんですが、1割はよくぞ、石立さん本音で言った! って声もありましたね(笑)。

そんなこんなで、当初はすぐにでも辞めようと思っていたアナウンサーという仕事ですが、気がつけば34年。管理職にならなければならない年齢になったのですが、まだまだ現場で仕事をしたいと思い、NHKを退局して、フリーでやっています。おしゃべりの底力を信じて。

撮影/弦巻 勝


堀尾正明 ほりお・まさあき

1955年4月24日、埼玉県出身。早稲田大学第一文学部哲学科を2留のすえ卒業し、81年にNHK入局。北九州放送局、福岡放送局、大阪放送局を経て、95年に東京放送局へ。以降、NHKらしからぬキャラが受け、紅白歌合戦の総合司会やアテネ、トリノ五輪のキャスターに大抜擢された。エグゼクティブアナウンサーに登りつめた後、退社。現在は、フリーキャスター、司会者、ニュースキャスター、ラジオパーソナリティとして活躍中。

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