1797年にヨーロッパで発明され、明治中期に日本に伝来した洗濯用具「洗濯板」は、「非常に痩せている人」の隠喩としても使われていた。高度成長期以前の日本は食糧事情が悪く、栄養不足で肋骨が透けて見えるほど痩せていた子供が多かったからだ。それがそのうち”貧乳”を表現する言葉として使われるようになり、今ではすっかり一般的な言葉になっている。

ところで3年前からインターネット上で『貧乳の女性を「洗濯板」と呼び始めたのは江戸時代。落語の中に記述がある』というつぶやきがSNSなどを介して拡散しているが、上記の通り江戸時代には「洗濯板」は、まだ伝来していなかったのだから、まったくのデマだ。

たしかに、“貧乳”のことを「洗濯板」と表現した落語の噺はある。たとえば、1985年4月5日放送の「演芸指定席」(NHK大阪)で、当時、若手の実力派噺家として大人気だった春風亭小朝が演った、江戸時代から古く続く古典落語「湯屋番」の、主人公の若旦那が銭湯の女湯にいた老女をくさすシーンだ。
『あ、一人いたよ、おばあさんが。洗濯板に干し葡萄ってやつだね。あ、ひどい。仰向けんなって、自分のアバラで洗濯してるよ。ラッコの梅さんて、あの人だね』と演っているが、この「洗濯板」のくだりは小朝がアレンジしたもので、古典どころか、3代目柳家小さんが作った、現代に通じるスタンダード版「湯屋番」にもない。
どうやら「落語=江戸時代」という、単純な発想が生んだ勘違いだったようだ。

ちなみに”貧乳”の対義語である”巨乳”が一般に使われるようになったのは、日本がバブル期をむかえた頃。1985年日本公開のアメリカの成人映画『マシュマロ・ウェーブ/巨乳』が由来とされ、巨乳という言葉が週刊誌などで盛んに使われ、一気に広まっていった。”貧乳”という言葉が広まったのも、おそらく同時期と思われる。小朝が洗濯板という表現を初めて公の場で使った時期と、ほぼ同じというのが興味深い。
また“貧乳”も洗濯板と同様、本来の意味は違っていた。現在のような乳房が小さいという表現ではなく、母乳の分泌量が不十分で、乳児が健康に育たない意味であった。

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