「やは肌のあつき血潮にふれもみで、さびしからずや道を説く君」。この歌を残した与謝野晶子は女性の愛を官能的に表現した歌人。私生活でも、自分の欲望に忠実でした。

20歳の頃、自ら積極的に与謝野鉄幹にアプローチ。妻子ある鉄幹と不倫関係になり、数年後には略奪結婚を果たしています。
2人は奔放な性生活を楽しんでいたようです。鉄幹は性科学者・小倉清三郎が作った「相対会」のメンバーになっています。

その入会時に「なにか特異な性体験はあるか」と訊かれ、次のように答えています。
「バナナを妻の膣に挿入して、翌日取り出して食べた」

セックスに励んでいれば子どももできます。晶子は結婚の翌年に長男を生んで以来、怒濤の出産ラッシュになります。24歳から41歳までに彼女が産んだ子どもの数は?

(1)10人
(2)12人
(3)14人


答え :(2)

出題:浜川卓也

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