運転手さんの多くがこの季節になると体験する幽霊・亡霊との出会い。身の毛もよだつ密室の怪談をリアル再現!!
タクシー運転手の仕事はかなりハードだ。しかも、無理してノルマを上げようとするから、客を乗せてもいないのに乗せたと思い込んで走ることもしばしばだという。ことに疲労がピークに達したときなどは、錯覚というか幻影を見ることもある。
だが、あきらかにそうではない、背筋を凍らせるような怪奇な体験をしたドライバーは少なくない。
奈良から大阪に向かう抜け道のひとつに「暗(くらがり)峠」と呼ばれる“魔道”がある。
「そこを通るときには、お経を唱えるドライバーもいるくらいで、アレを経験するまでは、私もそんな連中を鼻で笑ってたんやけどね」
乗務員歴20年を誇るDさん(52)が、その“魔道”に初めて足を踏み入れたのは、昨年のお盆前のことだった。
「牧方から奈良まで、お客さんを乗せましてね。で、その帰り道、その日はどうしても一刻も早く大阪に帰ってもうひと仕事したかったんで、その道を通ることにしたんですわ」
車が1台通れるかどうか、という狭さに加え、急カーブの繰り返しなので、思うに任せてスピードが出せない。
努めて苛立ちを抑えつつハンドルを握っていた彼だったが、そろそろ峠を越えようかという頃、前方に奇妙なモノを見た。ヘッドライトの向こうに、なにやらユラユラと揺れる物体が見えたのだ。
「一瞬、火の玉かな、と思ったんやけど、よく目を凝らしてみると違うんやわ。信じてもらえんかもしれんけど、ナント男の顔やったんや! 首から上だけが宙に浮かんで左右にゆっくり揺れとる」
その男と目が合ったDさんを激しい頭痛が襲った。あの“お経”のことを思い出したのは、ガードレールに激突したときだった。
このあと気を失ってしまったが、数分後意識が戻った彼は、一心に般若心境を唱えていたという。助かったのだ。
「私の体験は、その逆ですよ。ある蒸し暑い晩のことでしたが、犬山駅で若いカップルを乗せ、“入鹿駅”までいくように言われたんです」
こう話しはじめたのは、名古屋城を根城とする、個人運転手のEさん(35)だ。
「走行中、ひと言も口をきかないんで、陰気なカップルだなと思ってたんですが、目的地に着こうかという段になって突然、男の方が口を開いたんですよ。“あっ、ここじゃなくて、入鹿池のもっと奥のほう――山奥に入ってください”って。
人っ子ひとりいない山奥へ入るなんて気持ち悪い話ですけど、断るわけにもいきませんのでね。仕方なく指示通りに運転し、停めるように指示されたのが、山の中腹に忽然と現れた小さな原っぱのようなところ。もちろん、辺りには人家ひとつありませんでしたから、急に不安になってきましてね。
猛スピードで道を引き返したんですけど、しばらくするとけたたましいエンジン音とともに対向車線からバイクがやってくるのが見えたんです。逆光を抜け、視界に入ってきたときには思わず腰が抜けちゃいました。だって、相手の首から上がなかったんですから――。そうです、首なしライダーが乗ってたんですよ」