阿部寛に市川海老蔵「億単位の借金を抱えた」芸能人たちの画像
阿部寛に市川海老蔵「億単位の借金を抱えた」芸能人たちの画像

 キラビやかな芸能界。光があれば必ず影もあるわけで、人気絶頂にもかかわらず、多額の借金を背負ってしまうケースも少なくない。ここでは、信じられないような額の借金を抱えていた芸能人を紹介したい。

 6月に行った会見で、妻である小林麻央(34)の乳がん闘病を明かした歌舞伎役者の市川海老蔵(38)。彼は19億円もの負債を背負っている大借金持ちである。もともとこの借金は、海老蔵の祖父が不動産事業に失敗したときのもの。一時期は半額まで返したものの、海老蔵の暴行事件による違約金の支払いなどで再び負債額が増えてしまったという噂もある。

 堅実な印象がある歌手のさだまさし(64)にも借金歴があり、それも35億円だというから驚きだ。さだといえば名曲『関白宣言』を真っ先にイメージするが、実は小説家でもあり映画製作にも携わるマルチクリエイター。これまでにも、数々の映像作品に関わってきたが、1981年に、自ら監督・出演した『長江』で大借金。当初、2億円と見積もっていた予算が、最終的には30億円近くまで膨らんでしまい、金利を入れて35億円にもなってしまったという。しかし、この経験が本人いわく「やけくその起爆剤」となり、年に100回以上のコンサートを開くことで、30年で完済できたのだった。

 映画『渡り鳥シリーズ』など数々のヒット作品で日活の黄金時代を築いた俳優の小林旭(77)。昭和の大スターは借金も豪快だ。1970年代に、新しく映画配給会社を立ち上げるも、大赤字。小林は14億円もの債務を背負わされてしまう。その後、バブル期に志賀高原や沖縄でのホテル事業に失敗し、借金総額は60億円近くまで膨れ上がった。だが、こんなことでヘコタレないのが“マイトガイ”小林旭だ。1985年にリリースした名曲『熱き心に』の大ヒットにより大部分を返済。2003年には完済したという。ちなみに、小林はどんなに多額の借金を抱えていても、「なんとでもなる」と言い切って、豪邸や高級外車を売却することはなかったとか。カッコイイ!

 借金とは無縁そうな俳優の阿部寛(52)もバブル景気の被害者だ。その借金総額は数億円、完済には約20年かかったといわれている。1980年代、雑誌『メンズノンノ』(集英社)の看板モデルとして人気絶頂だった阿部は、知人の紹介でマンションを購入。借り入れをしてまで不動産投資にのめり込んだ。ところが、バブルが弾け不動産価格が急落すると手元に残ったのは多額の負債のみ。その後、主にギャンブルで食いつなぐという不遇の数年を経て、1993年、つかこうへいの舞台『熱海殺人事件 モンテカルロ・イリュージョン』のオネエ刑事役で再びブレイク。2007年の映画『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』の舞台挨拶で「最近になって借金を返し終えた」と告白した。

 ロックミュージシャンの“永ちゃん”こと矢沢永吉(66)も、かつて多額の借金を抱えていたことで有名。1998年、オーストラリアで事務所の元側近による横領事件に巻き込まれたのだが、その負債総額は35億円。当初は自暴自棄になり、ヤケ酒をあおったが、一週間目に酒にも飽きて、完済への決心をしたという。その後、6年という短期間で借金すべてを返し終えた。さすが永ちゃん、BIGすぎるぜ!

 芸能界のシャッキングといえば、歌手の千昌夫(69)である。千は『星影のワルツ』がヒットした1967年頃から不動産を購入、“歌う不動産王”と呼ばれるほど、バブルに乗りまくった。最盛期には総資産3500億円とも噂されたが、1991年のバブル崩壊とともに土地が値下がりし始め、2000年には経営破綻。その負債総額は3000億円超ともいわれた。その後、個人向け民事再生法適用により、約1億5000万円まで棒引きされた。一部では、経営不振は2000年にトレードマークである眉間の福ほくろを取ったせいともいわれているが……真相はいかに!?

 芸能界の大物ともなると儲けもデカイが、借金もデカイ! いずれも、われわれ庶民なら立ち直れないほどの額だが、それでもくじけず完済してしまうのはやっぱり器もデカイから?

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