関ジャニ∞横山裕、亡き母への想い

 一年間に二度の5大ドームツアー開催という、日本音楽史上初となる偉業に挑むこととなった関ジャニ∞。グループはもちろん、現在はメンバーのソロ活動も勢いがある。そんな彼らの中でも横山裕は、レギュラー出演中の『ヒルナンデス!』(日本テレビ系)で、めきめきフリートークの腕を上げているともっぱら評判だ。

 関ジャニでは、同じ年長組の村上信五とともに明るいタイプで、グループを牽引しているイメージが強い横山だが、2010年5月に最愛の母親を亡くしている。横山は以前から、テレビやラジオ、ライブなどで母親をネタにしていたため、ファンの間でも横山の母親は有名だった。まだ50歳という若さで母を亡くすという悲しい経験を、横山は乗り越えているのだ。

 母は、女手一つで3人兄弟を育てたシングルマザーだった。朝から晩まで働き、横山はたびたび祖父母の元へ預けられていた。家計を助けるため、横山は中学卒業後、建設会社に就職。そのかたわら1996年、ジャニーズ事務所のオーディションに合格してジャニーズJr.としての活動も始めた。そして2004年、関ジャニ∞としてデビューしている。

 関ジャニのグループ内ユニット、「三兄弟」が歌うバラードに『オニギシ』という曲がある。母が作った「ちょっとしょっぱいおにぎり」が大好きだったという思い出を歌った歌で、作詞は横山が担当。横山が子どもの頃「おにぎり」と言えず、「オニギシ」と言っていたのがタイトルの由来となっており、母が握るおにぎりがしょっぱかったのも本当のことらしい。

 母が急死したとき、横山は全国14か所を回るソロコンサート「横山YOUがヤっちゃいます~3 2010春」の真っ最中だった。大阪城ホールでの公演には、母親も見に来てくれていたという。母が亡くなった当日は、青森で公演があった。母の訃報を聞きながら、横山は気丈にコンサートを続けた。

『オニギシ』は、最終的に母親が亡くなって、“でも、僕は強く生きているよ”という内容。この曲を青森のコンサートで歌うとき、やはりこみ上げてくる思いがあったのか、横山は途中で客席に背を向けてしまったという。見ていたファンたちもざわついていたが、母が亡くなったことは見に来てくれた人たちには関係ないと、「大丈夫です!」と言って乗り切った。

 それから7年がたち、関ジャニは全国のドームを満員にし、『NHK紅白歌合戦』にも5回出場するまでになった。横山裕は、現在公開中の映画『破門 ふたりのヤクビョーガミ』で、佐々木蔵之介とのW主演も務めている。そんな彼の活躍を、きっと亡き母も天国から見守っているに違いない。

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