土屋守(ウイスキー評論家)「いくつになっても未知なる世界に飛び込みたい」日々新しく生きる人間力 の画像
撮影/弦巻勝

 今でこそ、スコッチのシングルモルトウイスキーを置いている店はたくさんありますけど、僕がシングルモルトに出会った89年には、日本人どころか、イングランドの人だって、ほとんど知らなかったんですよ。

 当時、僕はイギリスで日本人の駐在員向けの月刊誌の編集をしていたのですが、スコットランドの政府観光局から、自分の国の特集をしてくれという話が舞い込んできたんです。現地に行くと、向こうの担当者が“シングルモルトの記事を書いてくれ”と言ってきた。記事を書くには、それを飲まなきゃいけないわけだから、飲ませてもらったんですが、つい飲みすぎてしまって(笑)。

 ロンドンに帰って、さあ記事を書こうと思っても、酔っぱらっていたので、何も思い出せない(笑)。“まあ、本屋でシングルモルトの本を探してくればいいか”程度に思っていたんですが、どこの本屋に行っても、そんな本は置いてなかったし、店員に“シングルモルトって知ってる?”って聞いても、誰も知らなかった。

 そのときに、いやらしい発想なんですが、誰もやっていないなら、1年でトップになれるなと思ったんです。僕自身、人がやっていることには、まったく興味が持てなくて、誰もやっていないと知った瞬間、俄然やる気が出てくるタイプなんですよ。

 そういう気質の人間になったきっかけは、高校生のときに、出会った南極越冬隊の西堀栄三郎さんの影響が大きい。僕は、佐渡島の高校に通っていたんですが、そこに講演に来てくださったことがあって、色紙にサインを頂いたんです。そこには、西堀さんの座右の銘、“日々是新々”という言葉が書かれていた。いくつになっても新しいことにチャレンジするという意味なんだと思いますが、西堀さんは実際に、大学生のとき、4年間1日たりとも同じ道を通って通学したことがないとおっしゃっていた。その生き様に強烈な憧れを抱いたんです。

 だから、大学では探検部に入って、自分にとって未知なる世界に飛び込んでいく生活を送りました。特に21から26歳まではチベットに通っていたんです。27歳からは『東京漂流』の藤原新也さんに声をかけて頂き、写真週刊誌『FOCUS』の記者として働いていました。

 週刊誌の世界はめちゃくちゃおもしろかったんですよね。すっかり、ハマってしまって。周りからは、“チベットの土屋がなんで風俗嬢の取材しているんだ”って不思議がられていたんですが、僕にとっては未知なる世界ばかりで、とても楽しかった。1週間に10本くらいネタを追っていました。今だから言えますけど、偽の名刺を何枚か作って潜入取材なんかもしていましたよ。

 しかも、当時は200万部とか、爆発的に売れていましたからね。大入袋で現金が出ていましたよ。あと、一時期、『FOCUS』の記者はみんな同じ時計していたんですよ。会社から金一封の代わりに3万くらいの時計が配られて。だから、腕時計を見れば、どこで会っても『FOCUS』の記者だってバレバレでした(笑)。

 結局、32歳のときに、また新しいことにチャレンジしたくなって辞めさせてもらったんですけどね。辞めるには理由が必要だったので、“これからの記者は英語が喋れないとダメだ”とか適当な言い訳を言ったんですよ。そう言ったからには、格好だけでも英語の勉強をしなければなということで、イギリスに渡った。そこで、ウイスキーと出会ったんです。

 ウイスキーの世界も、日々新しいニュースがあるんで、毎日楽しいですよ。2月17日に公開される映画『ウイスキーと2人の花嫁』も、ウイスキー好きなら、誰もが見ておくべき名作をリメイクしたものなので、公開が楽しみです。

 最近は、シングルモルトだけではなく、ジャパニーズ、アイリッシュ、アメリカン、カナディアンも全部視野にいれて現場に出ようと思っています。現場に出ることがなくなったら、おしまいだと思っているので、いくつになっても未知なる世界に飛び込んでいきたいですね。

撮影/弦巻勝

土屋守 つちや・まもる
1954年2月17日、新潟県佐渡島生まれ。学習院大学卒業後、チベットに通いつめ、フォトドキュメントを雑誌上で発表していた。81年に『FOCUS』の記者に。87年に渡英し、現地の駐在員向けの日本語雑誌の編集に携わる。日本帰国後は、スコッチに関する著作を多数手がけ、01年にはスコッチ文化研究所(現・ウィスキー文化研究所)を設立。現在もウイスキー評論家として、ウイスキー文化の普及に努めている。

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