基本と常識――。この2つは似ているようで違うものです。基本は、そのもののよりどころとなるおおもと。野球でいえば、キャッチボールや素振り。これを疎かにするようだと、うまくなることはできません。
ジョッキーの場合は、馬に負担をかけないことや、体幹を鍛えることが、これに当たります。一方、常識はときとして、180度変わることがあります。僕と同年代以上の方なら経験されたことがあるかもしれませんが、部活によっては、試合中や練習中に水分をとることは固く禁止、なんてところがありました。いつ、誰が、どんな理由で言い出したことなのかは分かりませんが、乾きに耐えかねて、水を口に含んだ瞬間、――バカヤロー! 怒声とともに、コーチや先輩の鉄拳が飛んできたものです。
それが、どうでしょう? 科学的根拠に基づき、今では水分をとるのが当たり前になっています。
みんながそうしているから、みんながそう言っているから、誰かが先にやりだしたから、それに従わなければいけない――常識というのは、そうやって、いつの間にか形作られていくものなのかもしれませんね。ちょっと怖い話ですけど。
競馬の世界でも、常識とされていることがたくさんあります。そして、そのほとんどは、時代が変わっても普遍的なこととして伝えられていくべきものです。でも、全部が全部、そうなのかといわれると、今はまだ気がついていないことが、それが常識と呼ばれるようになることもまたあるのだろうなと思います。
■ディープインパクトの血統が欧州を騒がせる
少し前まで、海外のレースに挑む馬は、日本の頂点を極めた馬が、新たなる強敵を求めて行くものだという考えがありました。
――あの馬なら、海外に挑む資格がある。ファンの方もそう思っていたのではないでしょうか。
今回、その常識を大きく打ち破ってくれたのが、松永幹夫厩舎の2頭、ジェニアル(牡4)とラルク(牝5)。オーナーはキーファーズです。現状では500万下クラスのジェニアルと、1000万下クラスのラルクが、なぜ、フランスへ? 2頭とも父はディープインパクト、母はそれぞれ別ですが、海外で活躍した馬ですから、環境も、馬場適性も、他の馬より高い可能性があります。加えて、ラルクは現役を終えたら、欧州馬と種つけする予定で、将来的に、ディープの血を受け継いだ仔が、フランスでデビューして、凱旋門賞を目指す――そんな壮大なプランも描かれています。
もちろん、簡単なことではありません。でも、チャレンジする価値は十二分にあります。そして、いずれ、それが常識となることだって……あるかもしれません。
2頭の初陣は22日、メゾンラフィット競馬場。ジェニアルはG3「メシドール賞」、ラルクは牝馬限定の特別戦「ペピニエール賞」に出走します。夢への第一歩に期待していてください。
「武豊 人生に役立つ勝負師の作法」最新記事