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【武豊】僕が唯一勝っていないGⅠについて

[週刊大衆12月29日号]

人生に役立つ勝負師の作法 武豊
僕が唯一勝っていないGⅠについて


みずほ銀行を、いまだに、第一勧業銀行と呼ぶ友人がいます(笑)。富士銀行、日本興業銀行と合併し、みずほ銀行になったのはミレニアム、2000年。エアシャカールとともに、「皐月賞」「菊花賞」の2つを手に入れた年ですから、一昔前のことになります。

今週末、阪神競馬場で行われるGⅠ「朝日杯FS」が、その名前で呼ばれるようになったのは、その翌年の01年。それまでは、「朝日杯3歳ステークス」という名前で施行され、牡馬の2歳チャンピオン決定戦として長い間、競馬ファンに愛されてきました。

さらに歴史を遡ると、2歳王者決定戦は、関東、関西でそれぞれ行われていて、僕がデビューした当時、新馬戦を勝ち上がった関西馬が目標にしたのは、「阪神3歳ステークス」でした。

ちなみに、騎手としてデビューした87年の優勝馬は、先輩、河内さんが騎乗したサッカーボーイです。このレースが、91年、2歳牝馬による女王決定戦となり、名前も、「阪神3歳牝馬ステークス」に改称。01年、さらに進化を遂げ、現在の「阪神JF」に繋がっていきます。

自分ではまだまだ若いつもりですが、こうして昔を振り返ると、「ずいぶんと長い間、騎手をやってきたんだなあ」ということを実感します(笑)。
「朝日杯FS」といえばもうひとつ。誰かに言われる前に自分で言っておきましょう。そう、JRA22のGⅠレースの中で、唯一、僕が勝っていないのがこの「朝日杯FS」です。

――なぜ勝てないのか?
この時期になるとほぼ、間違いなく聞かれるのがこの質問です。
今年の騎乗馬には目をみはる脚が!

ひとつひとつのレースを振り返ると、なぜ勝てなかったのか、その理由はあります。でも、なぜ、このレースだけ勝てないのかと聞かれても……答えられるはずがありません。理由があるなら知りたいし、誰よりも勝ちたいと思っているのはこの僕自身なんですから。

初めて挑戦した94年は、スキーキャプテンで2着。翌95年もエイシンガイモンで2着。98年もまた優勝したアドマイヤコジーンからクビ差の2着……。ただ一度、このレースで1番人気に推された08年、ブレイクランアウトは、一瞬、勝てる!」と思ったほどの手応えを感じましたが、わずかに届かずの3着。一度も勝利の美酒を味わうことなく、勝負の厳しさだけを味わい続けてきました。

今年この「朝日杯FS」で僕のパートナーを務めてくれるのは、初のコンビとなる北出厩舎のアクティブミノル。GⅢ「函館2歳S」のチャンピオンです。前走、11月8日のGⅡ「京王杯2歳S」は6着に終わりましたが、そのスピードは目をみはるものがあります。

前人未到となる全GⅠ制覇――。

もちろん、成し遂げたい記録です。しかし、それ以上に大切なのは、来年のクラシックにつながるレースをすることです。馬のため、関係者のため、ファンのため、そして僕自身のために、全力で挑みます。


■武豊 プロフィール
1969年3月15日、京都生まれ。1987年の騎手デビュー以後、通算3500勝、日本人騎手初の海外GI制覇、年間200勝突破など数々の金字塔を打ち立て、現在も活躍中。

【武豊】僕が唯一勝っていないGⅠについて

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