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【パンチ佐藤】「ちょっとディープなウワサ話」超野球好き芸人・ヴェートーベンとベースボール対談vol.2

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パンチ佐藤の「野球が一番!」
第11回 「ちょっとディープなウワサ話」超野球好き芸人・ヴェートーベンとベースボール対談vol.2


プロ野球が間もなく開幕。それを受けて前回から「球春スペシャル」と題し、パンチ佐藤が野球好きお笑い芸人・ヴェートーベンと野球放談を展開。今回は、パンチだけが知っている「少しディープなウワサ話」だ!

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左から久保隆、パンチ佐藤、青井貴治


パンチ佐藤(以下・パンチ)「広島出身のヴェートーベンの二人はカープ関連の仕事をよくするみたいだけど、これまで印象に残った話はある?」

久保隆(以下・久保)「生粋の広島ファンでしたら、伝説のスピードスター・高橋慶彦さんとお仕事させていただいたことが思い出深いですね」

パンチ「慶彦さん、山崎(隆造)さんコンビと、阪急の福本(豊)さん、簑田(浩二)さんコンビは70年代終盤から80年代始めにかけて、日本を代表する1、2番(打者)だったよ」

青井貴治(以下・青井)「簑田さんはクリーンアップを打っている印象が強いですけど……」

パンチ「入団してしばらくはピンチヒッターで、その後、2番打者としてレギュラーを掴んだね。それから3番打者として起用されるようになり、大ブレークした」

久保「晩年は巨人に移籍しましたよね」

●広島で試合した後、東京の彼女の元へ車で

パンチ「あと、広島のスーパースター・一木さん(仮名)は豪傑だった」

青井「ハイ。雑誌で読んだんですが、広島市民球場で試合をし、その足で東京にいる彼女の元へ車を走らせたとか」

パンチ「深夜に東京に着いて、早朝、東京を立ち、午前中に広島へ戻る……これは物理的に無理。実は、これには「ウラ」があって、本当は広島が名古屋遠征をした時の話なんだ。名古屋から東京までなら、車を飛ばせば数時間。これなら、夜スタートで翌日の午前中に戻ることは可能だよね」

青井「一説には広島を出て、名古屋で給油がてら名古屋の彼女と一戦交え、その終了後、東京に向かうとも……」

パンチ「そんな伝説も生まれるんだからね。ヤンチャだったけれど、練習は超真面目。熱心だったよ。でも、一木さんは土の広島市民球場で育っているから、人工芝に弱かったの。だから、トレード後は苦労した。移籍先のホーム球場は人工芝。僕たちは“一木は2回に1回、暴投する。一木へのゴロは全力で走れ”という指示が出されていたほど」

久保「へえ~、それは面白い話ですね」

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パンチ「ところで、(広島のホーム球場である)マツダスタジアムは凄いねえ」

青井「実のところ、僕らはまだ行ったことないんですよ」

パンチ「え!? それではファンと呼べないでしょ」

青井「カープの取材はシーズンオフが多く、シーズン中はなかなか広島に帰る機会がなくて……」

パンチ「青井君さ、“俺はこんなにカープを愛しているんだ”と、ここでアピールしてよ」

青井「僕は「カハンシン(カープと阪神)ファン」なので……」

パンチ「カハンシンは2014年バージョン。2015年はカープ一筋と言った方がいいよ」

久保「“血は赤いです”と言い切る」

青井「そうですね。カープのお陰で14年は潤わせていただけたので……」

パンチ「この宣言はぜひ、マツダスタジアムでしてもらいたいね」

久保「いま、カープ人気が凄いので、ビジターであっても神宮球場などは赤一色。だからプライベートでは、東京周辺のスタジアムになってしまいますね」

パンチ「神宮は、どの角度が(野球を)一番観やすいかな?」

久保「レフト側が一番だと思います」

パンチ「僕の地元の近くにある横浜スタジアムは傾斜がキツイ。客席がおわん形になっているので、座席に座るのが怖いくらいの急斜面。お陰で、どこに座っても野球観戦がしやすい。ところで、今年からカープファンを公言する(?)青井君は誰のファン?」

●銀座で飲んでいる最中に素振りをしに…

青井「パンチさんとのお話で(前回登場した)Kさんのファンになりました」

パンチ「我々プロ野球選手は、遠征に行くと毎晩飲みに行く。Kさんはね、銀座で飲んでいても“ちょっと失礼”と言って席を離れる。それも1~2時間。“ちょっと閃いたのでバットを振っていました”だって。さすがだと思ったね。しかも、“この素振りは明日のヒットのためじゃない。1カ月後、一年後の身になるために振っているんだ”というから驚き」

久保「雑誌に書いてあったんですが、一木さんは“どれだけ飲みに行っても、女性の家に行ってもバットは持って行く”らしいですね。1日1回は素振りをしないと眠れないそうです」

パンチ「これはカープの伝統だろうねえ。ちなみに、僕も現役時代は毎日振っていたよ」

青井「パンチさん、カープの選手とのつながりは?」

パンチ「僕たちの時は、セとパは違うこともそうだけど、何しろ、他球団の選手と仲良くすることはなかったなあ」
青井「話は変わりますが、パンチさんがドラフト1位で選ばれたとき、もの凄い興奮が伝わってきましたけど、実際の興奮はどのくらいでしたか?」

パンチ「事前に話はついているのが現実かな。熊谷組の2年目に6球団から話があった。某球団とはかなり具体的なことまで決まったので、この球団から“指名されるんだな”と思っていた。残念ながら、この球団から指名されなかったけどね。契約金から、年俸、背番号まで決まっていたのに……」

青井「そこまで具体的なんですか!」

パンチ「翌3年目には西武を除く11球団から話があったけど、前年のケースがあったので、“指名されたら考えます”ということにした。あの年は、初めてのドラフトがテレビ中継されたので、普通に観ていたところ、放送時間がなくなる直前、オリックスからの指名。だから、ビックリというか興奮というか……」

●パンチパーマになった由来は!?

青井「パンチさんを初めてドラフト会議で見た時、僕は小3。広島という土地柄、野球をしている人がパンチパーマにしている印象はあまりなく……」

パンチ「僕が高校、大学の頃は“野球選手=パンチパーマ”だったの。金のロレックス(時計)をはめてセカンドバッグを持ち、白のスーツを着込む。これがプロ野球選手のスタイルだった。“よし、プロ野球選手になるのなら気合いを入れてそういう恰好をしよう”と実践したら、すでに時代が変わっていた。選手の髪型はセンター分けでスーツも「ギュッ」と絞った流行りもの。当時パンチパーマだったのはコーチ陣だけ。カープでは山本浩二監督や正田耕三さんがそうだったでしょ」

青井「山本監督も……」

パンチ「もともと僕は、歌手の山本譲二さんが好きだった。社会人になって新宿・歌舞伎町に飲みに行った時、店のママから“学生がこんなところに来ちゃダメよ”といわれたのがパンチパーマのきっかけ。“オレ、迫力がないんだなあ”と思い、大好きな山本譲二さんを倣ってパンチにしたわけ」

青井「そうなんですね~」

パンチ「今回はこの辺で。次回は、イチローの話や僕のキャッチフレーズ“ダイナマイト!”について話そうか。やっぱり“野球が一番!”だよね」

パンチ佐藤(ぱんち・さとう)プロフィール

1964年12月3日生まれ
亜細亜大学から熊谷組を経て、オリックスにドラフト1位で入団。プロ野球時代、トレードマークのパンチパーマと独特な発言で人気者に。引退後はタレントとしても活躍し、2015年シーズンからBCリーグ『武蔵ヒートベアーズ』の宣伝本部長に就任した。

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