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越中が見た「藤波大流血、旅館破壊」ほか、新日本プロレスの危険な現場!

[新シリーズ 逆説のプロレス]

越中が見た「藤波大流血、旅館破壊」ほか、新日本プロレスの危険な現場!

ジャイアント馬場とアントニオ猪木の両巨頭から薫陶を受け、断絶関係にあった昭和の全日と新日を渡り歩いた唯一のレスラーともいえる、〝サムライ戦士〟越中詩郎。その特異な立場から、激動のプロレス史を間近で見つめてきた歴史の証人でもある。

新日本プロレスの黄金時代には、まだ明かされていない真実があった……。重要人物たちのインタビューで当時のプロレスを徹底検証する双葉社ムック「新シリーズ 逆説のプロレス」より、越中の証言を一部抜粋してお届けする。

普段は黙して語らぬことを信条とする職人レスラーが、いまも謎の多い数々の事件について、ついに語る!


■越中詩郎
こしなか・しろう●1958年、東京都江東区生まれ。78年、全日本プロレスに入門し、ジャイアント馬場の付き人を務めた。85年、新日本プロレスに移籍し、「平成維震軍」のリーダーとして活躍。03年に退団し、長州力の立ち上げた「WJプロレス」に入団。現在はフリーとして活動中。


――越中さんは全日本プロレスに入団して、その後に新日本に移籍するという、他の誰にもないキャリアをお持ちです。

越中 全日本に入団(1978年)して、馬場さんの付き人をやって、それから三沢(光晴)と一緒にメキシコ遠征に1年。それで、三沢だけ日本に呼び戻されて、オレだけが取り残されるカタチになってしまって。当時のメキシコはプロレス人気がすごくて、試合数は多かったんだけど、治安も悪かった。そんなオレの立場を、坂口(征二)さんが案じてくれて、新日本移籍の話を整えてくれたんだよね。でも、いきなり出て行くわけにはいかないから、最後に馬場さんに挨拶に行ってね。殴られるぐらいは覚悟してたんだけど、馬場さんは意外にも「新日いかないでウチでやれ」と。「今日の試合で乱入して、小林邦昭が持ってるベルトに挑戦表明しろ。あとはなんとかする」って。

――それは心が動きそうなプランですね。

越中 でもオレは、ここまで話を進めてくれた坂口さんに義理があるから、その話を断った。でも、たまに、あの時、そのまま全日本にいたらどうなってたかなって思うことはあるよ。

――移籍というカタチで新日本に入門するというのはどういった感覚でした?

越中 85年に、オレが移った時は、武藤、橋本、蝶野の三銃士世代が先輩。年齢はオレのほうが上だったけど、この世界では1秒でも先に入ったほうが先輩。でも、みんな気を使ってくれたから、そんなにイヤな思いをすることはなかったな。練習をみてくれるのは、山本小鉄さんとか、ネコさん(ブラック・キャット)。新日本の、というか、小鉄さんの教えは、とにかく攻めろっていうスタイル。全日本はとにかく受けろ、という教えで、とにかくいろんな受け身を練習してたから。そこはやっぱり違うと思ったね。

――猪木さんの印象は?

越中 猪木さんは、合同練習にあまり来なかったし、オレとはそんなに話すこともなかった。でも、たまに練習にくると、みんなビシっとするんだよ。あるとき、猪木さんとかが「お前ら、たるんでる!」ってキレた時があってね。俺は雰囲気を察して、リング下にサっと逃げたんだけど、近くにいた藤波(辰爾)さんはプッシュアップバーで喰らわせられて大流血してたよね。

――越中さんが移籍してから、さらに長州さんらのジャパン軍団や前田さんたちUWFが新日本に戻ってきます。

越中 長州さんに関しては不思議な感じだったよね。離れたと思ったら、また一緒にやることになったんだからね。UWFとも、オレは特に問題なかったな。そもそも、全日本から新日本に移っても、オレ自身はスタイルを変えなかったから。だから、UWFの選手のキックも全部受けたし、やることは変わらないというかね。

――UWFと新日本プロレスの選手間には確執があったと聞きますが、越中さんはどちら側についたんですか?

越中 オレはどっちでもない。元々、全日本からきてるし、自分の居場所をつくるために、オレはオレで必死だったから。あの頃は年間200試合はあったし、移動も長距離。試合と練習に明け暮れてたから、人間関係のいざこざには巻き込まれなかったんだよ。

――そのころの確執が表面化してしまったのが、熊本の旅館でのエピソードです。坂口さんが選手たちを仲良くさせようと懇親会を催したら、みんな泥酔して大暴れしてしまったという……。

越中 あの時は凄かったなぁ。みんな大暴れして、仲居さんが「旅館が壊れる」って泣いてたからね。

――坂口さんが前田さんをビール瓶で殴ったとか、いろいろな証言があって、どれが本当かわからないんですよね。

越中 そりゃしょうがないよ、みんなベロベロだったから。たしかに、前田さんが誰かにビール瓶で殴られてたけど、ほかにも後藤(達俊)が三面鏡を壊してガラスが飛び散ってたし、荒川さん(ドン荒川)と藤原(喜明)さんが張り合って、お互いに8階ぐらいから飛び降りるって騒いでるし、旅館全体で大暴れだよ。UWF勢は、別の旅館に泊まってたから、迎えのタクシーが来たんだけど、旅館の前でレスラー同士がハダカで殴り合ってるのをみて、こりゃヤバいって、どんどん帰っちゃってたからね。

――越中さんは暴れなかったんですか?

越中 オレは全日本時代から、熊さん(大熊元司)とか小鹿さん(グレート小鹿)とか、酒グセが悪い先輩にひどい目にあわされて、酔っぱらいと絡んでもロクなことにならないってのは知ってたからね。オレも飲んでたけど、暴れはしなかったと思う。でも、次の日の試合はみんな欠場でね。荒川さんは二日酔いで出れないし、武藤は顔がバンバンに腫れてるし。あの時、見に来たお客さんはかわいそうだよね。
――UWF勢との確執は、当時起きたいくつかの不穏試合でも表面化します。例えば、前田・アンドレ戦の印象は?

越中 あまり印象がないんだよな。あの時は、たしかに同じ会場にいたと思うんだけど、オレは試合を見てないんだよね。たぶん、それより前の試合だったから、もう帰り支度してたと思う。新日本は、自分の試合が終わったら、さっさとシャワー浴びて帰りなさいっていうシステムだったんだよ。全日本は先に帰るなんて絶対に御法度で、馬場さんの試合が終わるまでは、先にシャワーも浴びちゃいけない。流血しても、汗が冷えても、まずは馬場さんからというシステムだったけどね。

――前田さんが長州さんを蹴撃した試合は?

越中 それも、あまり印象にない。まぁ、個人的には、顔面にキックが入る試合なんて、当時はたくさんあったから。オレも顔面でキックなんていくらでも受けてたよ。この時の、前田さんと長州さんの間にどういう感情があったのかはわからないけどね。あれだけ選手がいれば、気に入らないヤツは絶対出てくるから。

――UWFが再び離脱することになり、新日本は「暴動の季節」に突入していきます。たけしプロレス軍団(TPG)が殴り込んできた両国の暴動事件はどういう印象ですか?

越中 あのころは、お客さんが殺気立ってたよね。TPGの時は、お客さんがモノを投げて、2リットルのペットボトルも中身が入ったまま飛びかってるんだよ。これはホントに危ないって思ったんで、オレはセコンドについてる若手たちに「今日はリングの中じゃなくて、外向いて客を見張ってろ」って指示したのを覚えてる。

――冷静な判断ですね。

越中 客が殺気だってモノ投げるなんてのは、オレはメキシコで何度も経験してるからね。当時のお客さんは熱かったと思うよ。暴動起こすぐらい怒っても、また、見にきてくれるんだよね。今、あんな興行やったら、もう次から誰も来てくれないよな。

――この後に、越中さんが展開した誠心会館との抗争や、反選手会同盟、そして、平成維震軍の闘いも、熱いファンに支持されて大きなムーブメントとなっていきました。特に、プロレス界が対抗戦の時代になっていくと、平成維震軍は新日本プロレスの先兵隊のような存在でした。

越中 WARもUインターも、最初に乗り込んでいくのは、いつもオレたちだったよね(笑)。でも、天龍さんと、また試合できるとは思ってなかったし、高田( 延彦)もそう。自分でこうしようと思って動いたわけじゃないんだけど、結果的に、かつての恩人やライバルと同じリングに立つことができて、胸に迫るものがあったよね。

※取材全文から一部分のみ抜粋、全編は「逆説のプロレス」本誌でお楽しみください。

取材◎大谷弦

まだ明かされていない真実があった……。新日本プロレスの黄金時代のスキャンダルを徹底検証した「逆説のプロレス」絶賛発売中!

「新シリーズ 逆説のプロレス」(双葉社スーパームック)より引用

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