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TOKIOリーダー城島茂、ジャニーズとは思えない「極貧時代」

[ブリュレ]

TOKIOリーダー城島茂、ジャニーズとは思えない「極貧時代」

 TOKIOのリーダー城島茂は、母子家庭で育ち、テレビで見た少年隊に憧れ、生活を変えたいという理由でジャニーズ事務所に履歴書を送った。もちろん入所からとんとん拍子でデビューしたわけではない。ジャニーズJr.として下積みをし、ジャニーズ入りのきっかけである少年隊と舞台で共演を果たした後、1994年にTOKIOでデビューした。

 城島は地元の奈良県から上京した当時、都内一等地にあった合宿所で、元SMAPの中居正広らと共同生活をしていた。デビューが決まり、念願の一人暮らしを始めたのは中目黒だった。契約の際は、アパートの家賃を値切ったという。幼い頃から身についた金銭感覚のたまものだ。

 もちろん、徹底して自炊をしていた。安売りスーパーや100円ショップで日用品や食材を調達。スーパーのタイムセールもよく利用していたらしい。一人暮らしを始めた当時、国分太一が部屋に遊びに行ったことがあるそうだが、そのとき城島が出してくれたのは、水道水とキムチ。国分は「5分で帰った」のだとか。

 住んでいた部屋は壁が薄く、隣室の住人が寝るときに電気を消す音さえ聞こえるという環境だった。その頃、城島はドラマ『はぐれ刑事純情派』(テレビ朝日系)に出演中。セリフを覚えるため、声を出して台本を読みたかったが、「課長、凶器が発見されました。犯人は○○で……」などとしゃべっていたら、隣の人に何をやっている人だろうと思われてしまう。そう心配した城島は、近所の公園に行き、外灯の下でセリフを声に出しながら覚えていたそうだ。

 過去の苦労話を自らあまり話すことがない城島茂。彼のアイドルらしからぬ堅実な面は、こうした時代があったからこそ培われたものだろう。

TOKIOリーダー城島茂、ジャニーズとは思えない「極貧時代」

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