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高校野球史に残る「春のセンバツ甲子園」伝説の白球事件簿

[ヴィーナス2017年04月04日号]

ボートレース戸田
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GⅢ 戸田マスターズリーグ第10戦・週刊大衆杯

高校野球史に残る「春のセンバツ甲子園」伝説の白球事件簿

 球春到来。今年も春センバツ、選抜高等学校野球大会が大いに盛り上がっている。そこで今回は、夏とはまた違った趣きのあるセンバツから生まれた数多のドラマの中から、特に印象深かった名場面を厳選。“高校野球大好き芸人”としても知られるピン芸人・かみじょうたけし氏とともに振り返っていきたい。

「センバツと聞いて、僕自身が真っ先に思い出すのは、やっぱり1989年の決勝。愛知の東邦対大阪の上宮の一戦ですね。何しろ決勝の大舞台でのあんなに悲しい結末は、後にも先にも、あの試合だけ。“ボールが逃げていく~”っていう当時の実況も、すごく印象的でしたしね」(以下同)

 かみじょう氏が「悲しい結末」と語るのは、元木大介(元巨人)や種田仁(元横浜他)ら、のちのプロ選手を4人も擁した上宮が、1点リードの延長10回裏2死走者なしから喫した逆転サヨナラ負けのこと。一、二塁からのセンター前ヒットで同点に追いつかれた直後。オーバーランの二塁走者に対する挟殺プレーで起きた、セカンド、ライトのよもやの後逸によって、上宮は初優勝まで“あと1人”から一転、茫然自失の状態へと叩き落とされることになったのだ。

「劇的な幕切れという意味では、97年の1回戦。奈良の郡山と北海道の函館大有斗の一戦も、ぜひとも挙げておきたいところです。1点を返されて、なおも満塁で迎えた郡山リードの9回裏2アウト。そのゴロを処理すれば試合終了という場面で、2年生だったショートの村田(創)君がトンネルをして、それが逆転サヨナラにつながった。その場にうずくまったまま、動けなくなっていた彼の背中は、いまだに忘れられないですからね」

 だが、物語はここで終わらない。翌春も甲子園に帰ってきた郡山は、その初戦で同じ北海道勢の北照と奇しくも対戦。前年の雪辱を見事に果たし、ベスト8にまで進出する奮闘を見せることになった。

「北照戦も1点差のまま、最終回を迎えてね。しかも最後の打球が、またショートの村田君のところに飛んだんです。でも、このときは成長した彼が、しっかりさばいてアウトにした。あれには見ているこっちも、力が入りましたよね。ちなみに、その郡山は松坂(大輔=現・ソフトバンク)を擁する横浜に準々決勝で負けたわけですが、続く準決勝の横浜対PL戦では、今も語り継がれる夏の“死闘”へとつながるドラマもあったんです」

 この春、PLは2点リードで迎えた8回表に、本塁に突入した走者に送球が当たるという“不運”もあって、2対3と惜敗した。だが、一見“不運”と思えたこのワンプレーが、実は横浜の“作戦”であったことが、雪辱に燃えるPLナインの闘志に火をつけることにもなったという。

「当時の横浜は、キャッチャーとサードを結ぶ三本間のライン上を一直線に走って、相手の送球ミスを誘発するという練習をやっていた。同点に追いついたPL戦での、あのプレーは確信犯でもあったんです。一方、それを知ったPLは、“同じ手は二度と食わない”とばかりに、これを阻止するための練習を夏までに徹底してやった。その甲斐もあって、夏の5回裏に訪れた同じ場面では、PLが見事にブロックを決めることになりました」

 あとになって知る当時の球児たちの思いが、球史に残る熱戦をより熱くしてくれているというのも、偽らざる真実だろう。「あとで知って驚いたってところでは、04年の準々決勝。“メガネッシュ”こと真壁(賢守)君が、この年のドラフトで阪神に入った高橋(勇丞)君に逆転サヨナラ3ランを打たれた済美と東北の一戦も、かなり印象深い試合です。あの試合、高橋君は変化球にまったくタイミングが合っていなかったのに、真壁君は最後にストレートを投げて打たれている。僕は、それがずっと腑に落ちなかったんですよ」

 松坂世代に負けず劣らずの逸材がそろった04年。1回戦・熊本工戦でノーヒットノーランをやってのけたダルビッシュ有(現・レンジャーズ)を擁する東北は、この日も9回裏まで4点リードと盤石の試合運びをしているかと思われた。だが、2死一、二塁、2ストライクと追い込んだ場面で、マウンドの真壁が投じたストレートは、外に構えたキャッチャーの意に反して真ん中へ。これが、登板を回避してレフトの守備に就いていたダルビッシュの頭上を越える劇的なサヨナラ弾となってしまう。

「数年前に、僕のラジオで真壁君本人にそのときの真相を聞いたことがありますけど、なんでもあの試合の序盤で彼は自己最速を更新していたみたいですね。サイドスローで140キロ台後半といったら、他のチームなら大エース。だからこそ、最後は“今日一番のストレート”を投げたんだと。ちなみに、あのときレフトにいたダルは“俺は、いつでも行けるで”って感じで、ずっとシャドウをやっていて、実際、ベンチの若生(正廣=現・埼玉栄監督)さんも次の鵜久森(淳志=現・ヤクルト)まで回ったら代えるつもりでいたみたいです。決断するタイミングがあと1人早かったら、また違った結末が待っていたかもしれませんね」

 一方、かつての球児たちが今度は育てる側として甲子園に戻ってくる、というのも高校野球ファンにはうれしい光景。その好例として注目を集めていたのが、激戦区・埼玉の強豪校として知られる花咲徳栄・福本真史コーチの存在だ。福本コーチといえば、03年の準々決勝。史上唯一となる引き分け再試合からの延長戦決着となった花咲徳栄と東洋大姫路の一戦で、異色のベトナム出身投手として注目を集めた姫路のグエン・トラン・フォク・アンを相手に200球近くを投げ抜いた徳栄のエース。9回からマウンドに上がった彼のサヨナラ暴投で試合が決まるという、あまりに唐突な幕切れは、今でも語り草ともなっている。

「実は、去年のドラフトで広島に2位で指名された高橋(昂也)君がまだ2年生の頃に、スポーツ紙の企画で彼をベストナインに選んだことがあったんです。それで、その後に、たまたま福本さんと甲子園で会ったら、“他にもたくさんすごい高橋がいる中で、ウチの高橋を選んでくれてありがとうございます”って、すごい喜んでくれてね。再試合となった試合でも、両チームともアン、福本を登板回避して、どちらも高橋姓の控えピッチャーだったんです。だから、僕の中では“高橋”って聞くと、福本さんのあの試合が浮かぶんです」

 ところで、夏にはないセンバツならではの試みとしては、旬なヒット曲を起用した毎年の入場行進曲と、文武両道を実践する有力校に出場権を与える21世紀枠が有名だ。かみじょう氏はこぼれ話として、こんな話も。

「入場曲に関しては、たまに“選手も行進しづらそうやな”と思う曲もあったりしますけど、01年に宇多田ヒカルの『First Love』が選ばれた際は、さすがに“ええんかな!?”とは思いましたよね。“最後のキスはタバコの~”とか、高校生にはアカンやろって(笑)」

 他方、01年から始まった21世紀枠は、10年の向陽が出場して以降、海南(14年)、桐蔭(15年)と、和歌山の古豪が相次いで出場しているあたりが特筆に値する。「21世紀枠は、例年、最終候補に残った9校から3校を選ぶんですけど、このときに大きくモノを言うのが、各地域を担当する高野連理事のプレゼン力。和歌山からの出場が近年、特に多いのは、和歌山だけが特別扱いをされているのではなく、箕島で監督も務めた松下博紀理事のプレゼンが抜群にうまいからというのが真相のようです」

 今大会でも、部員10人で県大会準優勝を果たした岩手の不来方や、岐阜の多治見。山沖之彦(元阪急ほか)を擁して準優勝をして以来、48年ぶりの出場となる高知の中村など、同枠には楽しみな顔ぶれが並んだ。

 春の風物詩といえば、やはり高校野球。「春はセンバツから」である。

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