■木村は若き日から異彩を放っていたと監督が明言

 もっとも、2016年末の同ラジオで木村は、撮影当時はJリーグが誕生して日本全体サッカーブームの時代だったため「サッカーボールを蹴るっていうことが、仕事であり、撮影ではあったんだけど、やっぱ楽しかった」と語り、現在もリバイバル上映されている件も「不思議な気持ちもありますけれど……やっぱ嬉しいですね〜」としていた。恥ずかしい部分も多いが、青春の思い出として現在も根っこでは大事に思っているのだろう。

 また、大森監督はSMAPをよく知らなかったが、そのうえで当時の木村については、

「行く前にスタジオで(前日に撮った)ラッシュを見たんですよ。そうしたら……まあ、なんていうか……スタッフ一同がほぉ~っと、息を呑みました」

「スターの誕生に立ち会った瞬間というのかな。フィルムのなかで見る彼は、もうその時すでにスターになるべく輝きを持っていて、圧倒されました」

 と、2012年の「シネヌーヴォ九条」で行なわれたトークショーにて明かしている。残念ながら香取慎吾(45)と草なぎについては「(当時は)子どもですよ。だからしょうがない」と補足しつつも、「下手」とバッサリ言い切られていた。

「ただ、『週刊女性PRIME』でもあったように、“みんな仲がよかった”ということだし、本当に黒歴史なら、そもそもこんなに頻繁にトークには出さないですよね。

 1994年といえば、まだまだSMAPがそれほど仕事もなく、時間もあった時期。デビューから苦節3年、12枚目のシングル『Hey Heyおおきに毎度あり』でようやく『オリコン』1位を獲得できた年でした。ここから2年後の96年に『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)がスタートし、本格的にスターの階段を登り始めた時期に森さんが去り、その後、紆余曲折あって2016年に解散……。時の流れの儚さを感じますよね。

 SMAPの解散時には、木村さんと中居さん、そして香取さんとの不仲が強く言われましたが、『シュート!』の頃は、6人にはまだ、仲の良さと自由な時間だけがあるときだったのでしょうね……」

 木村がラジオで『シュート!』の思い出を語ったのは、SMAPの解散した2016年末のことだった。いつの日か5人、いや森も含めた6人で『シュート!』の思い出を振り返る日が訪れてほしいものだが……。

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