“出川哲朗の後継者“尾形、“新・ラジオの帝王“向井に続く「パンサー三番目にして最大の大物」菅良太郎、パラパラギャル男と“練馬のシベリアンハスキー“の壮絶過去の画像
※画像は「鬼越トマホーク喧嘩チャンネル」より

 7月27日、お笑いコンビ「鬼越トマホーク」がYouTubeチャンネルを更新。お笑いトリオ「パンサー」の菅良太郎(40)が登場し、自身のギャル男時代のエピソードを披露した。

 菅は「俺らの世代が初代ギャル男なの」といい、「高校生になる段階で2つの選択肢があったの。暴走族とギャル男」と語った。

 菅によると、肌をとにかく焼くのがギャル男のルールで、色はビール瓶くらいだったという。

「髪の毛はロン毛で、いつも美容師に10分の9白メッシュ入れてください」とオーダーし「灰色のカラコンで銀髪で、僕のあだ名は練馬のシベリアンハスキー」「知らないかもしれないけど、俺、いまだに唇ピアス開いてる」など、かなりのギャル男だったことを伺わせた。

 高校1年生のときに、湘南の海の家でバイトをしたのだが、その海の家は「そっちの人」が経営者で、ある日、「そっちの人」しかいない宴会が開催され、確信したという。1か月ほど住み込みで働いたのだが、「給料が5万円」だったという。

有吉の壁』(日本テレビ系)で披露し、話題を呼んだパラパラについては、自身が参加していたサークルがあり、「パラパラに超強いサークルだったの。そこの人たちが教えてくれた」「パラパラのでき方っていうのは、まず曲が出たら2つの有名なクラブがあって、そこのクラブ同士が踊りを決めちゃうの。で、かっこよかったほうが残るの。すごく大まかに言えばね」と語り、19歳ぐらいまで真剣に打ち込んでいたようだ。

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