「事故物件」という言葉をご存じだろうか。広くはいわゆる“ワケあり”と同じ、構造や立地なども含め、なんらかの問題(専門的には“瑕疵”)を抱えた物件――という程度の意味だ。
しかし、一般的には自殺、殺人、死者が出た火災……といった人の死に関わる出来事が起きたことのある物件のこと。そんな事故物件の情報を公開するサイトが『大島てる』だ。地図データの上にポツポツと表れる炎マークをクリックすると、実際の事故物件の外観写真とともに事故が起きた年月日、死因、住所や部屋番号に至るまで分かる範囲の情報が記されており、真剣に不動産の賃貸や購入を検討している人から怖いもの見たさのオカルトマニアまで、様々な人の興味を引きつけている。
それにしても、こうしたサイトを運営する理由は何なのだろうか? 管理人の大島てる氏は、こう語る。「開設したのは11年前です。当時、私は不動産の賃貸・管理をする会社を営んでいたんですが、取引の際に“事故物件を掴まされたくない”という動機で情報を集め始めました」(以下同)
墓地の隣や道路の騒音といった環境による不都合ならともかく、過去に自殺があった部屋などは、一度リフォームしてしまえば、通常はほぼ分からない。それゆえ、事故物件は法的に借り主や買い主に対する告知義務があり、また、値段も周囲の相場より安くなる場合が多いのだ。「それだけ、普通の人はそうした部屋に住むのを嫌がるということです。そういう物件を“心理的瑕疵物件”といい、『大島てる』に載っている事故物件も、その一種です」
試しに「自殺の名所」と呼ばれる東京。板橋区の高島平団地を見ていると、同じ区画の中に多数の炎マークが出てくる。そのうち<親子心中飛び降り自殺>と書かれたマークをクリックすると、ユーザーコメントとして<おかあさん、ぼくたちが天国からおかあさんのことをうらむ。おかあさんもじ国(地獄)に行け、敏弘、正人>という文句が。それに、別のユーザーが<まさか……遺書ですか?>とコメントをつける。
このように、『大島てる』は現在、誰でも事故物件情報を投稿できるシステムに。それゆえ、各ユーザーの生活範囲で起きる事件・事故からメディアに大々的に報じられた有名なものまで、様々な情報が刻々と更新されているのだ。「現在は皆さんの“集合知”によって、どんどん情報が集まっていますね」 この記事を書いている時点で最新の更新情報をチェックすると、「香川県丸亀市の情報」が一挙に8件もアップされていた。どうやら同一の工場内の事件をすべて投稿したらしく<工員が無理な作業量を苦に自殺><女性のバラバラ死体発見><漏電による感電死><チェーンと機械に挟まれて死亡>など、ここ10年以内で数年おきに起きた死亡事故や事件がまとめられている。
こうしたアーカイブ的なものから、岩手県盛岡市で<平成28年5月18日 火災後、庭で頭から血を流して死亡している住人が発見される。焼け跡からも別の1人の遺体が見つかる>という、ニュースにもなった最新情報まで幅広くアップされている。かと思えば、2011年に自宅で首吊り自殺した女性タレントの自殺現場が掲載されていたりもする。
「多くの方が投稿してくださるんですが、中には公道上での交通事故といった趣旨に合わない投稿もありますし、残念ながら誤投稿もあります。そういったものに対しては近隣住民や利害関係者から指摘が寄せられることが期待できます。もちろん、指摘にはきちんと対応しています。また、ときには大家や不動産業者など物件の関係者から、事故が事実であるにもかかわらず削除要請が来ることも。それは突っぱねますが」
そうした反応が返ってくるのも、近年サイトが全国ネットのテレビや全国紙に取り上げられ、認知が広がり始めたからこそだろう。「“事故物件”という言葉がタブーではなく語られるようになったのは、いいことだと思っています。告知義務があるとはいえ、家賃を下げたくないがゆえに、それを隠して貸し出す悪徳大家もいますから、“隠された事故物件が存在する”ということだけでも知ってもらえれば幸いです」
『大島てる』によってそうした隠蔽工作が発覚した事例も数多くあるが、中には大島氏自身の身に災難が振りかかったケースもある。「横浜のマンションでのことです。ある女性が妊娠したんですが、同居する家族にも隠し通し、結局、死産してしまいました。その後、家族が赤ちゃんの死臭に気づき始め、女性は慌てて遺体を付近のロッカーに遺棄。なんとも痛ましい話です。ですが、その物件の大家は、その後も事故物件であることを隠したまま。つまり、家賃を下げるつもりもないということです。そして、あるとき事件のことが『大島てる』に載っているのを知り、削除を求めて提訴してきたんです」
結果は大島氏の勝訴。その物件は現在も『大島てる』に掲載され、ついでに、その大家の家まで載っている。「私はよく“事故物件は必ずしも安くない”と言っているんですが、こういう悪徳大家がいる以上、実は誰でも、知らずに高いままの家賃で事故物件に住まわされている可能性があるということなんです。中には、転売の結果、現在の大家が知らないということさえあります。今『大島てる』には4万件前後の情報が掲載されていますが、日本全国で日々誕生し続けている事故物件の1割程度しか掲載できていないと考えています」 それはそれでなんとも不気味な話だが、さらに背筋が寒くなるようなケースも。