とんねるず石橋貴明、70年代の“ディスコ事情”を熱く語る

 4月23日放送の『石橋貴明のたいむとんねる』(フジテレビ系)に、TRFのDJ KOO(56)が出演し、MCを務めるとんねるず石橋貴明(56)と1970年代後半の新宿ディスコ事情について語り合った。

 今回のテーマは“ディスコ”で、70年代後半、東京の繁華街ではディスコに若者が集まり、新宿歌舞伎町には20を超える店舗があったとVTRで解説。石橋は高校2年生のときに観た映画『サタデー・ナイト・フィーバー』をきっかけにディスコにどっぷりハマり、ディスコに行きたくて仕方がなかったと振り返った。

 石橋は、当時の新宿ディスコMAPを手に、自分が行っていた“カンタベリーハウス ビバ館”や“カンタベリーハウス ギリシャ館”は初心者向け。“ニューヨーク ニューヨーク”は上級者向けで、メンバーズカード代わりの店名入りキーホルダーは、割引きや特典がもらえ、当時の若者の必須アイテムだった。その当時、ダンサーでTRFのメンバー、SAM(56)がロボットダンスを踊っていたなどと解説。続いて、当時の新宿のディスコ事情と、石橋のことを良く知るというDJ KOOが登場。DJ KOOがDJをやっていたディスコがあったのは、新宿東口エリアで、石橋は「夜、ロータリーの周りでウロついているのは、シンナーを買おうとしているやつら」で、危険なエリアだったと明かした。

 すると、DJ KOOも「ディスコも不良ばっかりだったから。ケンカ強くないと、ディスコで(従業員はやって)いけないから」と語った。石橋は、当時の新宿のディスコでは座席システムがフリーで、踊りに行っている間は、たばこやライターなどを置いておかないと、他の客に席を取られてしまうと説明。さらに座席を取られてしまった場合、「ここにジッポーのライターあったろ」と言っても、「知らねえよ」と相手にシラを切られてケンカになったそうで、取っ組み合いになると「すぐに従業員が飛んできて、ギャッて引き離されて、二人ともフルボッコですよ」と、ディスコを出るときには顔がパンパンに腫れていたと、石橋が身ぶり手ぶりを交えて語り、スタジオの笑いを誘った。

「映画『サタデー・ナイト・フィーバー』に登場するファッションやカルチャーは、当時の若者に大きな影響を与え、“フィーバー”は流行語にもなりました。とんねるずの87年のヒット曲『嵐のマッチョマン』は、そんな影響を大きく受けた、石橋の青春である新宿ディスコ事情が歌詞に刻まれた曲です」(カルチャー誌ライター)ーー新宿ディスコを再現したコーナーも、盛り上がってました!

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