■『あっぱれさんま大先生』で大ブレイク!

ゆま「内山さんといえば、やっぱり子役タレントの元祖。芸能界デビューされたのは何歳のときですか?」

内山「6歳ですね。小学校1年生のとき。もともとは俺のオヤジが、あべ静江さんのファンで、どうしても会いたかった。それで子どもを芸能界に入れれば会えるんじゃないかという理由で、俺をエキストラ事務所に入れたんです」

ゆま「そうだったんですね。そして『あっぱれさんま大先生』で大ブレイク!」

内山「本当にすべて、さんまさんのおかげです。俺は子どもだから、あまり実感していなかったけど、オヤジなんて人生が一変したと思う。うちのオヤジは下町の魚屋さんなんだけど、ある日、いつものように軽トラで出かけていって、帰ってきたらベンツに乗っていましたからね」

ゆま「すごい! ぶっちゃけ、当時はどれぐらい儲かっていたんですか?(笑)」

内山「最高月収が3000万円でした。だって、営業でソフトクリームを舐めるだけで、1回50万円だったんです。それを1日3ステージやるので、150万円」

ゆま「ソフトクリームを舐めるだけで……金銭感覚がおかしくなりますよね」

内山「狂ってきますよね。俺も子どもながらオモチャ屋さんでオモチャを棚ごと購入したり、最新のオモチャなんかも手に入れたければ、プロデューサーが買ってくれるんです。ゲームボーイも発売前からゲットしていましたからね」

ゆま「羨ましい……」

内山「でも、ある日突然、テレビで何を言ってもウケなくなるんだよね。俺の場合、中学生になってからが本当にキツくなって、あっという間に仕事がなくなったんです。で、14歳のときに一度、芸能界を卒業したんです」

ゆま「とはいえ、それまでに十分稼いだのでは?」

内山「そう思うでしょ? ギャラは親が管理していたけど、俺も正直、自分の貯金通帳に1億円ぐらいは残っていると思っていたんです。で、貯金通帳をみたら300円ぐらいしかない」

ゆま「えええ?」

内山「あまりに驚いて、逆にリアクションもできなかった。1億円あると思って、2000万~3000万円しか残っていなかったら、親に“何に使ったのっ!”って怒るけど、300円だと、もう何も言えないんだよね……」

ゆま「何に使ったの?」

内山「分からない。ただ、確かにあの頃、家族で本当に豪遊しまくっていたから。散々楽しんだから、残っていなくても当然なんです。ただ自分としては貯金以上に、やはり仕事がないことがつらかったし、改めて、さんまさんの偉大さに気づかされましたね」

ゆま「さんまさんのことも、もっと詳しく聞きたいです!」〈次号につづく〉

内山信二(うちやましんじ)1981年9月25日生まれ。『あっぱれさんま大先生』に出演すると5歳にして大ブレイク。7年4か月の出演期間中に、テレビやCMに数多く起用される。一度は芸能界を卒業するも、明石家さんまの誘いで復帰。以後、バラエティ番組を中心に活躍する。

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