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小泉進次郎「2020年首相獲り計画」スッパ抜き

[週刊大衆1月5日,12日合併特大号]

先の総選挙で圧勝した安倍自民党。今後、安倍首相の長期政権が言われる中で、浮上する未来の首相の名!

「この道しかない!」
"鉄の女"マーガレット・サッチャー(英国初の女性首相)が掲げた政治スローガンを錦の御旗に、総選挙の大勝負に打って出た安倍首相。結果は見事、他の党を圧倒し、長期政権へのパスポートを手中に収めた。
「衆院選で2度にわたって290議席以上を達成。自民党にとって、これは大功績です。これで、15年9月の自民党総裁選での再選は確定的となりました。今、首相はこの勢いのまま20年の東京五輪までトップを続けたいという野望まで抱き始めたといいます」(全国紙政治部デスク)
そんな絶頂にある安倍首相をも、「いずれは凌駕する」と言われる未来のヒーローがいる。それは……。

「小泉進次郎復興政務官です。衆院当選3回、いまだ33歳の若さですが、先の衆院選では応援弁士としての要請がひっきりなし。選挙期間中に回った遊説先は27都道府県の64か所。移動距離は約1万5000キロ。換算すると東京から南極までの距離を駆け抜けたことになります」(前同)
自身も候補者でありながら、選挙期間中に地元・横須賀の選挙区(神奈川11区)に入ったのは、わずか2日間。それでも、開票直後に当確が打たれる圧倒的な強さを見せたのだ。
「全小選挙区候補者中、得票数1位(16万8953票)とブッチギリの勝利でした。安倍首相の10万829票(山口4区)を嘲笑うかのような得票数で、得票率83.3%も断トツの1位です」(自民党中堅議員)

この進次郎氏は、いわずと知れた小泉純一郎・元首相の次男。政治一家・小泉家4代目の世襲議員だ。
「政治家として初出馬(09年)した当初から、甘いマスクと爽やかな受け答えで注目を浴びました。ですが、多くの有権者は内心、"しょせん世襲のボンボン"と見くびっていたのも事実です」(前同)
だが、その考えが覆されるのには時間はかからなかった。
「すぐに、永田町の人気者となっただけでなく、テレビや雑誌でも救世主とばかりにもてはやされ、人気を維持し続けているんですからね。いまでは"親父以上の器だ"という声さえ出ていますよ」(同)

その進次郎人気は、甘いマスクや爽やかな弁舌だけが要因ではない。"喧嘩師"の異名を取った父・純一郎氏も脱帽する硬派一直線の男ぶりにも、庶民はヤンヤの喝采となった。
たとえば、安倍首相が突然放った衆院解散の当日(11月21日)、衆院本会議場での、"恒例"の万歳三唱に進次郎氏は、
「多くの国民の反応は、"なぜ、いま解散なのか"と。万歳している姿が、余計に国民との距離を生むんじゃないか」
と万歳を拒否。また、直後に行われた安倍首相の出陣決起集会も欠席した。まさに"男・高倉健"並みに、腑に落ちないことには従わぬ硬派ぶりを見せたのだ。

進次郎氏の政治家としての真骨頂は「原発問題」に如実に表れている。
「自民党議員の多くが、原発推進を唱える安倍首相の顔色を伺って旗幟を鮮明にしない中、進次郎氏だけは"原発事故の収束なくして、福島の本当の復興はない"とし、11年3月11日の東日本大震災以降も福島などで被災地を支援。熱い想いは微動だにしておりません」(進次郎氏とともに被災地を回り続けている『TEAM-11』のメンバー)
その進次郎氏が東日本大震災復興に関わったのは、震災発生から8日後。11年3月19日未明のことだった。
「この日、2トントラック2台をチャーター。翌朝にはおにぎりを満載にして仙台入り。そこを拠点に、各避難所に物資のピストン輸送を行いました。以後、最低でも毎月11日には被災地を訪問して支援を続けています。これは、現在に至っても変わりません」(前同)

ある日のこと。ある新聞記者が、
「なぜ、政治家がそんなに被災地に行くんですか?」
と質問したことがあった。
それに進次郎氏は、
「政治家こそ自分の足で被災地を歩いて、現状を目の当たりにすべきだと思っています。そして、我々政治家がすべきことは、国民に対して日本の復興に何が必要なのか、メッセージを発信することです」
この選挙期間中も、12月11日の被災地入りを党に直訴。いまだに仮設住宅で不自由な生活を続けている人たちを前に、
「(解散時)万歳している姿を見た被災地の皆さんと心の距離を隔てることになると思い、(万歳を)できなかった」と心情を吐露。
続けて、「復興の歩みは止めない」と力強く宣言。
被災した人たちの熱い涙を誘ったのだ。

アベノミクスの先にある時代

小泉家の父子二代にわたって取材を続ける作家の大下英治氏が話す。
「2014年も2度ほど小泉純一郎さんと飲みましたが、彼は自分から息子のことを語ることはありませんよ。だけど、僕はこう感じたんです。世間では、父・純一郎さんの"脱原発"に進次郎くんが感化されたと言われていますが、私は逆だと思っているんです。進次郎くんが毎月欠かさず被災地を訪れている姿を純一郎さんが見て、"オレは、こんな悠々自適な隠居生活を送っていていいのか?"と自問自答し、脱原発の活動を始めたのではないかと。間違いないと思います」
いずれにせよ、災害が起これば即座に行動。そして、3年10か月近く過ぎた今でも継続して支援する。言葉では言えても、実行することは並の政治家では、なかなかできることではないだろう。

その進次郎氏が、ここにきて、ついに"首相への道"を語り始めたのだ。選挙公示日(12月2日)、東京・日本橋小網町、午後4時。進次郎氏が街頭演説に立った。
そこで彼は、「私たちはアベノミクスの先を考えなければいけません」と第一声。続けて、
「今後、人口減は不可避。その時、次の世代に活力を引き継げる仕組みにモデルチェンジしなければならない。我々若い政治家がやるべきなのは、目の前の結果を追うのではなくて、将来、誰かがやらなくちゃいけないことを今から手をつけるべきだ」
さらに声のオクターブを上げ、
「東京オリンピックやパラリンピックを終えた後に、新しい国づくりが始まるんです。候補者は圧倒的に30代、40代が多い。これからその仲間たちとアベノミクスの先にある時代を一緒になって国づくりをしていく」
と、自らの政権構想を訴えるごとく、街頭演説を締めくくったのだ。

聴衆の多くは、そこに"進次郎、首相への道"宣言を感じ取ったという。
「これまで進次郎氏は、自身が日本を背負って立つなどとは、ひと言も口にしませんでした。それが、今回の衆院選の演説では、決まって日本の将来を憂う改革発言を連発。これを伝え聞いた永田町関係者の多くが"いよいよ天下獲りを意識し始めた"と、見る目を一変させました」(ベテラン政治記者)
その進次郎氏の「首相への行程表」なるものが今、永田町の進次郎に近い関係者の間で密かにささやかれているというのだ。それは、こんなシナリオだという。

――第3次安倍内閣のある時期、首相は進次郎氏を大臣ポストに抜擢する。
17年1月、消費増税10%を断行した日本経済は深刻低迷。支持率が急落した安倍首相は、政府の顔・官房長官に進次郎氏を抜擢し、窮地を乗り切ろうとする。だが、アベノミクスが完全崩壊し、国民からそっぽを向かれた安倍首相は辞任を決意。
17年秋に急遽行われる自民党総裁選で、12年の総裁選に続き、進次郎氏の支持を受けた石破茂氏が総裁の座につき、新内閣を誕生させる。
同内閣では、進次郎氏の政治能力を高く買う石破首相が、まず党の要職・幹事長に彼を抜擢し、党運営を経験させる。
同政権末期には、「首相への準備」として、重要閣僚のポストを与える。
そして、東京五輪を目前にした20年4月。自民党総裁選を前にかねての"約束"を果たし、石破首相は退陣。代わって、進次郎氏が自民党総裁選に出馬し、晴れて小泉進次郎首相が誕生する――。

小泉純一郎・進次郎親子と親しい政治評論家の浅川博忠氏が言う。
「第3次安倍内閣で、進次郎氏の大臣就任は濃厚です。巷間、初入閣有力ポストと言われているのが、現在、彼が最も力を注いでいる復興大臣。ただ、私は特命大臣(直属の官庁部署がない)である復興相より、強力官僚がバックアップする経産相を進次郎氏は望むと思われます」

同氏は続ける。
「その後、アベノミクスの耐用期限が過ぎた後の石破内閣誕生は、多くの自民党議員が一致するところです。石破氏は、日頃から"(進次郎氏は)将来の首相候補"と公言しており、首相有資格者となる重要大臣ポスト、たとえば外務、財務に進次郎氏を登用。名実ともにポスト石破の最有力候補として育て上げることでしょう」
石破内閣が終わるまでには、官房長官や党幹事長も歴任。押しも押されもせぬ首相候補に浮上しているというわけだ。
「安倍首相が、小泉純一郎内閣で幹事長と官房長官に抜擢されて首相への道を掴んだのと同様、進次郎氏もその道をたどるものと思われます」(前同)

進次郎は最初から化けている

政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏が言う。
「東京五輪が開催される20年までは、多少の逆風があろうとも、日本社会は祭り気分で進んでいくと思います。ただ、祭りが明けたその後、周りを見渡せば少子問題は顕在化し、過疎地問題もどんどん進行し、地方の活力がより低下していくことがわかっている。そうした困難な時代を進次郎氏は今から憂慮し、同時に、"そこからが俺の出番だよ"という意識を持っていると思います」

前出の大下氏が言う。
「ある経団連の重鎮が、私に言いました。"小泉純一郎は途中から化けたけれど、進次郎は最初から化けている"と。彼はアメリカ留学もしていたので、アメリカの理解者であるのは間違いない。だけど首相になったら、脱原発は絶対にやるだろうし、自分が思った方向に必ず進んで行くでしょう。庶民目線を持った首相になると思いますよ」
進次郎氏は選挙戦終盤、那覇市で、
「総理になりたいとは言わない。多くの国民にそう望まれる政治家になりたい」
20年4月14日、進次郎氏は39歳になる。43歳の若さで第35代アメリカ大統領となった、あのジョン・F・ケネディをもしのぐ、若い宰相・小泉進次郎首相が誕生し、フレッシュに生まれ変わった日本は、2回目の東京五輪を迎える――となるだろうか!?

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