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武藤敬司が語る橋本真也「アイツは夏と冬しか見せずにいなくなった」

[シリーズ 逆説のプロレス vol.2]

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武藤敬司が語る橋本真也「アイツは夏と冬しか見せずにいなくなった」

新日本の退社、全日本への移籍、WRESTLE-1の旗揚げ。天才・武藤敬司にとっての2000年代とはどんなものだったのか?
先日発売となったムック「逆説のプロレス vol.2」(双葉社)から、武藤敬司と元東スポ記者・柴田惣一の対談をお届けする。



インタビュー前半はこちら https://taishu.jp/17045.php

■武藤敬司 むとう・けいじ
●山梨県出身、1962年生まれ。84年、新日本プロレスに入門。海外修行中、グレート・ムタとしてアメリカでブレイク。帰国後は、武藤敬司とグレート・ムタ、ふたつの顔を使い分けて、90年代を代表するトップレスラーとして君臨した。02年、全日本プロレスに電撃移籍。同年、オーナー兼社長となった。13年、会長を辞職し、新団体「WRESTLE-1」を旗揚げ。現役選手として、精力的に興行を展開している。

■柴田惣一 しばた・そういち
●愛知県出身、1958年生まれ。82年、東京スポーツ新聞社に入社。プロレス・格闘技担当となり、テレビ朝日「ワールドプロレスリング」で、90年代から長きにわたって解説者として活躍。プロレス大賞選考委員会の選考委員長もつとめた。今年5月に自著『東京スポーツ青春物語――大事なことはプロレスから学んだ』(飛鳥新社)を上梓。6月25日付けで東京スポーツ新聞社を退社。


02年に新日本プロレスを退社し、全日本プロレスに移籍した武藤。13年には、当時の白石伸生オーナーに反発する形で、全日本も退団。同年9月、WRESTLE‐1を旗揚げし、現在に至っている。

柴田 全日本に移籍した時はビックリしたけど、武藤さんのやりたいプロレスを考えると、これでいいような気もしましたよ。

武藤 そうっすね。いまも後悔ないですから。全日本にいた時ね、「メシ食いに行かない?」って誘われて、木谷(高明=現新日本プロレス・オーナー)さんを紹介されてるんですよ、俺。

柴田 そうなんですか!

武藤 新日本を買う間際だよ。あんな金持ってるんだったら、全日本を買ってほしかった。売りたくてしょうがなかったよ。白石に売るんだったら、こっちの方がよかった。

柴田 後でコンタクトがあったりとかは?

武藤 ないない。要は俺、木谷さんにフラれたってことだよ。

柴田 武藤さん、積極的に行けばよかったんだよ。新日本は木谷さんにかなりアピールしたと思うよ。

武藤 ただ、新日本の素晴らしいところは、過去のソフトっていうか、映像、沢山あるじゃん。そういう財産、全日本にはないのよ。木谷さん、そこも見てたと思うよ。

柴田 W─1旗揚げの時は、どうにもならない部分があったから。これはこれでって感じで、僕は見てたんですが。

武藤 そうそう。最後の選択だったんだろうな。いまでは楽しくやってますよ。

武藤 それより、新聞媒体はどうなのよ。東スポも、プロレスの扱いが小さくなって、もう3~4年経つよね。

柴田 00年代前半の、総合格闘技ブームの時は、まだ頑張れたのよ。格闘技はその場その場の1戦限り。でも、プロレスは大河ドラマだから新聞媒体としては追っかけやすくて、魅力を出せたんです。ところが、いまは新聞そのものが厳しい時代になって、どんなものを持ってきてもなかなか売れない。新聞不況というか。そうすると、もう残念ながら内容も安全策を取る、というね。

武藤 東スポらしくないね。柴田さんは、プロレス生え抜きの俺らには冷たいのに、北尾(光司)とかさ、輪島(大士)とか曙とか、そういうの大好きだよね。

柴田 たまたま担当しただけです。北尾さんの雷鳴日記とか、ひとりで毎日書いてましたから。

武藤 いや、でもね、レスラーって、いくらいい選手でも、やっぱり「非日常」を見せなきゃいけないと思ってるのよ。だから、北尾とか曙とか、俺、全然OKなんだよね。

柴田 怪物性が必要というかね。

武藤 浜(亮太)とか面白いと思う。俺、あいつが日常の生活をしてる姿を見るだけで、面白いからね。
現在は東京スポーツを離れたが、プロレス界に多大な貢献をした柴田氏。その仕事のひとつとして、11年8月27日開催の、プロレス・オールスター戦ALL TOGETHERが思い出される。東日本大震災へのチャリティー興行として、日本武道館に17000人(超満員札止め)の観客を集めたのだ。

柴田 武藤さん、ALL TOGETHERでは、セミで小橋さんと組んで、矢野(通)、飯塚(高史)とやって、プロレス大賞ベストバウトにもなって。

武藤 まあ、あれはチャリティーだから、普段、俺たちのやってるプロレスの流れとは別の、お祭りと捉えてたよね。

柴田 いまだから言えるけど、僕個人としては対抗戦をもっと組みたかったんですけどね。いろんな提案をしたんだけど、会議を見てて無理だなって感じで。

武藤 まあ、結果的にはさ、2回で終わってるというのが事実ですよ。しかも、2回目は東スポさん主催じゃないし(12年2月19日・仙台サンプラザホール。主催は新日本、全日本、NOAH)。小橋なんてムーンサルトやったら怪我して、それで引退につながっちゃって。

柴田 でも、あれで昔のファンがだいぶ戻ってきたんですよ。久しぶりに観に来たって人が多くて。で、それからまた見続けてくれてる。そういう部分で、価値はあったと思いますね。
5月には、『東京スポーツ青春物語――大事なことはプロレスから学んだ』(飛鳥新社)を上梓した柴田氏。同著の中でもふれているが、プロレス界で武藤にかける思いは大きい。

柴田 橋本(真也)さん、三沢(光晴)さんが亡くなられて、蝶野(正洋)さん、川田(利明)さんはセミリタイア。小橋(建太)さん、田上(明)さんは引退して。武藤さんだけなんですよ。高い山であり続けてるのは。

武藤 ここへきて天龍(源一郎)さんも引退でね。いままで、そういった先輩方の背中を見てやってきたわけで。これからは暗闇を一人でどこへ行こうかって思う。でも、プロレスはある意味、歌みたいなもんだと思って、年齢を気にせず頑張りますよ。

柴田 懐メロでもいいんですよね。

武藤 橋本が、「プロレスは、人生の春夏秋冬を見せていくものだ」って。まあ、それを思えばね。まだまだ頑張りますよ。

柴田 橋本真也、そんなカッコいいこと言ったんだ。

武藤 アイツは、夏と冬しか見せずにいなくなった気がするんだけどね。


※全文の一部分を抜粋。全編は本誌「逆説のプロレス vol.2」にてお楽しみください。

取材◎若瀬佐俊

徹底追跡、大特集。新日本プロレスのG1クライマックスの25年間の全事件に迫った「シリーズ 逆説のプロレス vol.2」絶賛発売中!

「新シリーズ 逆説のプロレス vol.2」(双葉社スーパームック)より引用

武藤敬司が語る橋本真也「アイツは夏と冬しか見せずにいなくなった」

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