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[チャクリキ甘井コラム]バダハリとメルビン・マヌーフ

ボートレース戸田
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GⅢ 戸田マスターズリーグ第10戦・週刊大衆杯

チャクリキ代表 甘井もとゆきのファイティングスポーツはサイコー!
第5回「バダハリとメルビン・マヌーフ」


ドージョーチャクリキは多くの名選手を輩出してきました。あのラモン・デッカーに勝ち越し、あらゆるベルトを手中に収めた軽量級の雄、ギルバート・バレンティーニ。
チャクリキ重量級のボスとして君臨し、当初は出場予定の無かったK-1 GPに急遽エントリーし、全試合KO勝ちという快挙で初代K-1王者に輝いた「伝説の拳」ブランコ・シカティック。
そして言わずと知れた「20世紀最強の暴君」ピーター・アーツ。この3人が同時に活躍していた時代はまさにチャクリキにとっての「黄金時代」でした。
この頃はオランダのチャクリキ本部自体も多くの格闘技興行を手掛けており、最軽量級からスーパーヘビー級まで全ての王者がチャクリキ所属という期間もありました。それ程選手層が充実していたのです。
スーツ姿で椅子に座ったトム・ハーリック会長を囲んで、ギルバート、ブランコ、ピーターの3大王者がそれぞれ3本のベルトを持って撮った写真はこのチャクリキ黄金時代を象徴する一枚で、今でも私はこの写真を見ると背筋が引き締まる思いが致します。
そうしたチャクリキを象徴する選手たちとは逆に、「え! この選手もチャクリキ出身だったの!?」と、知識のある格闘技マニアの方以外にはおそらく予想外の選手たちも、かつてチャクリキに在籍していました。それが「悪魔王子」バダ・ハリ選手と、「猛獣」メルビン・マヌーフ選手です。


このチャクリキ道場での集合写真を見てください。トム会長、ノブ選手、ロイド・ヴァン・ダム選手、メノー・ダイクストラ選手などと一緒に映っているのは、写真の一番右端がメルビン・マヌーフ選手、その隣がバダ・ハリ選手です。
メルビン選手はチャクリキのロゴの入ったキックパンツを履いています。バダ・ハリ選手はトム会長のTシャツを着ております。この二人にこんな時代があった事、初めて知った方がほとんどではないでしょうか?
バダ・ハリ選手は少年時代からチャクリキに通っておりました。モロッコ系というマイノリティの出身であったバダ選手は少年時代に虐められる事も多かったのではないかと想像出来ます。
少年時代にはチャクリキ伝統の赤道衣を着けて空手大会に出場。数々の大会で優勝を果たしました。ブランコ・シカティックが欧州にて「M−1」というキックの世界大会を始めたときには未成年ながらチャクリキ代表として出場し、準優勝を果たしました。
ちなみにこの時、決勝戦でバダに反則勝ちして優勝した選手が、2003年11月の新日本プロレス横浜アリーナ大会に初来日し、ヤン・ノルキア選手とK−1ルールで戦ったイワン・ルーデン選手です。天田ヒロミvs柴田勝頼の対決が行われた大会と言えば憶えている方も居られるでしょう。
よく、鳴り物入りで外国人選手が大会出場を果たす時「日本初上陸!」などと煽りますが、実はこれは間違いの場合が多いのです。と言いますのも、詳しい方ならご存知の通り格闘技の世界では試合に臨むのにセコンド(コーナーマン)の存在は必要不可欠であり、若手選手を経験のため、敢えてセコンドとして日本に送る場合もあるからです。
バダ・ハリ選手は2005年11月にK−1デビューを果たしますが、実は2002年9月のK−1大阪城ホール大会にて、逆輸入戦士としてチャクリキオランダ本部から参戦したノブ・ハヤシ選手のセコンドとして日本初来日を果たしています。
バダ・ハリ選手、弱冠17歳の頃です。同じような例では、あのタイロン・スポーン選手を2度に渡ってKOし、日本での試合を期待されているチャクリキのアミール・ゼヤダ選手もピーター・アーツ選手のセコンドで既に2〜3度来日しております。
トム・ハーリック会長の口癖に、若い選手を褒め、他者にアピールする際に「おい、こいつは将来、あのピーター・アーツを超えるぞ!」というフレーズがあります。一部の人にはお馴染みの台詞でしょう。逆に言うと、それ程ピーター・アーツ選手がトム・ハーリック会長が手掛けてきた選手たちの中で群を抜いて凄かった事を端的に示している台詞だと思います。
最初、この言葉をトム会長は日本逆上陸デビュー戦のノブ・ハヤシ選手のために使いました。最近ではヘスディ・ゲルゲス選手やラウル・カティナス選手のアピールの際にも使いました。ピーターを超えるかどうかはともかく、それ程トム会長がその選手に期待しているという証であります。
17歳で、長身ではあったものの、身体も細くおどおどした印象のバダ・ハリ選手を、トム会長は「アマイ、こいつは将来、あのピーター・アーツを超えるぞ!」と紹介してくれました。しかし、臆病そうなバダ少年を見るとトム先生の言葉に対して半信半疑だったのを思い出します。
一緒に食事をしてもムスリムのためか、バダ少年は料理の中にどのような素材が使われているのか、カタコトの英語で聞いてきます、私も一生懸命カタコトの英語で説明しましたが、上手く伝わらなかったのでしょうね。
バダ少年はほとんど食事に手を付けませんでした。他にもバダ少年は神経質そうな印象で、あんなに神経が細くて選手として大成出来るのかなぁ? などと心配しておりました。
その後にチャクリキを離脱したバダ・ハリ選手が、3年後にK−1選手として日本で戦った際に私は目を疑いました。あのおどおどしたバダ少年が、リング上で太々しく振舞うバダ・ハリ選手と同一人物だとは、暫くの間、姿形は同じと理解出来ても、心理的に納得がいきませんでした。
後にノブ・ハヤシ選手に、バダ・ハリ選手の本質は、私が最初に会った時のように、神経質でナイーブな性格で変わりないと聞かされました。そうするとあの「悪魔王子」の太々しい態度は、そうしたメンタルの弱さを覆い隠す彼なりの「仮面」なのでしょうね。
その証拠に、K-1などのバックステージでトム・ハーリック会長とすれ違う際に、バダ・ハリ選手は引け目からか目を逸らす事が多いのです。こうしたメンタルの弱さが、ピーター・アーツ選手はK-1 GPを3度制し、バダ・ハリ選手が結局一度も優勝出来なかった僅かな差になっていると感じます。トム会長の言葉通りにピーターを超えられるかどうか? それは今後心の弱さを克服するかどうかに懸かっていますね。
一方の「猛獣」メルビン・マヌーフ選手はバダ・ハリ選手と対照的です。最初にメルビンの話を聞いたのは、今のチャクリキには身長170cm程度でノブ・ハヤシ選手に一歩も引かない打ち合いを挑む黒人選手が居る。しかも総合(総合格闘技=MMA)の選手らしい、というオランダからの噂話でした。
当時はノブ・ハヤシ選手は逆輸入ファイターとして試合の度にオランダから「来日」していましたので、K-1参戦で来日したノブ選手に聞いてみました。「ああ、それはメルビンですね」と教えてくれました。そしてノブ・ハヤシから教えて貰ったメルビン・マヌーフの経歴は壮絶の一言でした。
彼は若い頃にコンビニ強盗を2度やって逮捕されている本物の悪党でした。また同じコンビニ強盗を再度やる所に、若きメルビンの頭の悪さを感じます。もう一度、バダ・ハリと一緒にメルビンが写っている集合写真を見てください。
メルビンの右足首に白いサポーターがありますが、この中にはGPSが入っております。仮釈放となったメルビンは、犯罪者の更生プログラムの一環としてチャクリキに通っていたのです、しかも仮釈放中ですから、常にGPSを携帯し、警察に現在地を伝える義務があったのです。
最初にメルビン・マヌーフの話を聞いたとき、私は当時日本でPRIDEが人気でしたので、PRIDEに売り込みたいと考えました。しかし、前科2犯のメルビンにはビザの取得が困難であり断念した記憶があります(チャクリキ離脱後ですが、その後にビザ取得が出来るようになってメルビンはHERO’Sに初来日を果たしました)。
さて、噂の「ノブに一歩も引かない打ち合いを挑む」の件ですが、実はこれはメルビンがノブに喧嘩を売ったのが真相です。流石にメルビン、「ワル」ですね。「今度のスパーリングでノブ・ハヤシにガチで仕掛けてやる」と、ノブの何が気に入らなかったのか、メルビンは一方的に喧嘩宣言をし、周りに吹聴したそうです。
当然これはノブの耳にも入りましたが、「もうね、チャクリキのスパーリングはガチャガチャですから、メルビンみたいに宣言しなくても、たまに仕掛けて来る奴は居ますよ。それで、そこで気持ちが折れていてはプロにはなれませんので、僕も必死でしたね」と、特にメルビンの挑発を意に介さず、遂にノブvsメルビンの喧嘩スパーが行われました。
持ち前の突進力でグイグイと前へ出て来るメルビンですが、突っ込んだ所にノブの強烈なパンチを喰らい、何度も後ろに転がされたと聞きます。その後はまるで日本の少年漫画のようですが、喧嘩が終わればノーサイドで、ノブとメルビンは友達になったようです。思いっきりノブとドツキ合いをしてメルビンの心も晴れたのでしょうね。
ノブ選手が白血病から退院後、K−1来日選手の宿泊ホテルにトム会長を尋ねてゆき、ロビー横の喫茶スペースにてトム会長、ノブ選手、私の3人でコーヒーを飲みながら歓談していたところ、「猛獣」メルビンは私たちの姿を見つけて突進してきました。
もちろん昔のようにノブに喧嘩を売りに来た訳ではありません。退院したノブに握手の手を差し出し「ノブ、退院おめでとう」と言うために走って来たのです。メルビン、本当にナイスガイです。


甘井もとゆき
PROFILE
1967年4月22日生まれ。ドージョーチャクリキ・ジャパン株式会社 代表取締役。オランダ・アムステルダムを本拠地とする格闘技道場の名門ドージョーチャクリキの日本代表。日本人選手のマネージメント、外国人選手の招聘、自主興行の開催などを通じ、ファイティングスポーツの世界に携わっている。
ドージョーチャクリキ・ジャパンHPhttp://www.chakuriki.jp/
フェイスブックhttp://www.facebook.com/motoyuki.amai

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