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NHK大河『真田丸』がもっと面白くなるウラネタ大公開 「武将のしぐさにもワケがあった!!」

[週刊大衆2016年02月15日号]

NHK大河『真田丸』がもっと面白くなるウラネタ大公開 「武将のしぐさにもワケがあった!!」

 六文銭の旗が躍る勇壮なオープニングが週末最大の楽しみ! という人をさらにのめり込ませる“ツウの見方”を大公開!

 関東での平均視聴率が20%を超えるなど、好発進したNHK大河『真田丸』は、地元・長野では30%超えを連発する熱狂ぶりだ。堺雅人や長澤まさみといった豪華出演陣はもちろんだが、脚本を手がけた三谷幸喜氏がドラマに散りばめた多くの工夫が、視聴者を釘づけにしているのである。今回は、本誌が掴んだ、その魅力のヒミツと裏側を大公開しよう!

 本作の主人公、真田幸村(本名は信繁)は、織田信長や伊達政宗と並ぶ人気を誇る戦国武将だが、「真田家は、戦国大名になりきれない無数の小勢力『国衆(くにしゅう)』の一つでしかありませんでした。しかも、その家の次男という、簡単には飛躍できない立場だったんです」(歴史誌編集者)

 その真田家は、発祥の地である長野県上田市や群馬県の一部を領有していたが、「16世紀中頃に領地を失い、流浪の日々を過ごします。幸村の祖父・幸隆の代に武田信玄の力を借りて、旧領の奪還に成功しています」(前同) 以来、真田家は信玄という最強武将に身を寄せて生き残りを図る。幸村の父・昌幸(草刈正雄)は、武田家に人質として預けられるが、その才能が認められ、側近に。しかも、公私にわたり信玄の近くにいることで権謀術数が磨かれていく。「ドラマでも、昌幸が“武田は絶対に滅びない”と大勢の前で宣言したかと思えば、その直後、幸村や信幸(大泉洋)にだけは“武田は滅びるぞ”と前言を翻したり、上杉家への書状に策を施して、同じ国衆から“食えないヤツ”だと怪しまれるシーンがあります。そうした場面が、昌幸の一筋縄ではいかない性格を表しているんです」(同)

 ドラマ中で武田勝頼(平岳大)が「父上が存命であれば……」と嘆くように、戦国時代、信玄は最強の武将として名が轟き渡っていた。あの織田信長ですら、ご機嫌伺いを欠かさなかったほど彼は恐れられた。その実力から、信玄はどの武将からも攻められず、当時の武田家の本拠・躑躅ヶ崎(つつじがさき)館は、その名の通り城としての体裁はなく、大きめの屋敷というもの。信玄の“人は城、人は石垣”との言葉が残るように、何よりも人が第一と考えた。しかし、病には勝てず、1573年に死没する。「自らと勝頼の実力差を知っていた信玄は、死の間際、“3年は死を隠せ”と言い残しました。自分が死ねば、他家が攻め入って来ると、知っていたんです」(歴史研究家)

 信玄が亡くなり、武田家が瓦解すると、周囲の大勢力はその領土簒奪を画策。そこで真田家は、踏み潰されぬよう、他家に庇護を求める必要に迫られるわけだ。ちなみに、『真田丸』の中では、その勢力図がCGの地図として何度か登場するが、実はあれは、『信長の野望』シリーズでお馴染みの人気ゲームメーカーが、NHKと協力して作成したもの。あの画面に既視感を覚えた人もいるかもしれない。

 また、今回のドラマでは、その他にも最新の映像技術が活用されており、オープニングでも登場する岩櫃(いわびつ)城は、現在の城跡にCGを重ね合わせたもの。他に、矢が飛び交う合戦風景なども、そうした技術が用いられ、まるで本物かのように画面の中で躍動している。話は戻るが、真田家を囲む大勢力は、それぞれの利害関係を持っている。そこで重要なのが「情報」。ドラマでは、幸村が敵国近辺にまで偵察に向かっていたが、「小さな真田家といえど、さすがにそれはフィクション。ただし、武将たちは諜報活動や謀略をさせるための“スパイ集団”を抱えていて、彼らを近隣諸国に放っていたんです」(前同)

 後に、それが忍者と呼ばれるのだが、さすがに消えたり、空を飛べたりはできなかったそうだ。「彼らは商人や旅人に身を扮して、諸国を巡り歩き、噂を集めたり他国のスパイと情報交換していました。また、噂がなかったとしても、大名が戦の準備を進めれば、兵糧(ひょうろう)などを集めるために、その地域の米などの物価が上がるので、そうした部分からも動向を探っていたんです」(同) ドラマでは、『真田十勇士』の一人である猿飛佐助を思い起こさせる佐助(藤井隆)がその役割を担うが、「それぞれが得意の秘術を持つ真田十勇士ですが、実は、これは後世に作られた架空の存在。でも、三谷さんはそれを分かったうえで、あえて物語に落とし込んでいるんでしょう」(同)

 架空の人物といえば、真田家の重臣、高梨内記の娘で幸村の幼馴染のきり(長澤まさみ)も、その一人。「高梨内記に娘がいたのは事実ですが、幸村と生涯にわたって関係が近かったとの史実はありません。『真田丸』の中でもハッキリとさせていないように、そもそも幸村には、いつ生まれたかに諸説あるわけですから、幼少期や青年期については分かっていないことが多いんです」(郷土史家)

 そうなると、フィクション色が強いように感じられるかもしれないが、三谷氏は史実に相当なこだわりを持っているようだ。たとえば、真田家一行が土地の者に襲われる場面や、農民が山の木材を巡って対立するシーンが出てくるが、「戦国時代は武将にばかり目がいきがちですが、農民や町民にとっても生き死にが懸かった時代。戦になれば彼らも駆り出されるし、せっかくの田畑が荒らされてダメになることもある。だから、落ち武者狩りをしてお金を稼がなければいけないし、木材や山菜が採れると分かれば村を挙げて、それを奪いに行くこともあったんです。そうした部分もドラマでは丁寧に描かれていますね」(前同)

 また、有名武将たちにも、歴史ファンが喜びそうな工夫が隠されている。たとえば、徳川家康(内野聖陽)は、いらだつと爪を噛むくせがあったのだが、ドラマ中の家康も、それを実践(?)している。南関東で覇を唱える北条氏政(高嶋政伸)は、初出のシーンで湯漬けを食べていたが、これにも“裏”が。「小さい頃の氏政は飯に汁をかけて食べるのが大好きだったんですが、その際、うまく調整できずに何度も汁を継ぎ足して食べていた。その様子を見た父親の氏康が“毎日食っている飯と汁の量も測れないとは、北条家は氏政の代で終わりだろう”と嘆いたエピソードを彷彿させます」(同)

 さらに、4話から本格登場した織田信長(吉田鋼太郎)も、史実に忠実だ。「短気で知られる信長は、家臣であろうと客人であろうと言葉数は少なく、初対面の相手でも一言、二言しか発しませんでした。ドラマでの、昌幸と信長の初対面シーンは、まさにその通り」(戦国史研究家) その信長、大胆さと豪胆さで知られる一方、実は潔癖症で、「底の厚いゲタをはかないとトイレに入れなかった」(前同)そうだ。

 いずれにせよ、近畿と中部を掌握した信長は徳川家康と協力して武田領をも席巻し、各方面に勢力を拡大。その象徴として、安土城を琵琶湖畔に築城した。安土城は、それまで誰も見たことのない大規模天守を備え、最新技術を用いた石垣も多様。その華麗さと巨大さは、当時の人にとっては度肝を抜かれるレベル。第4話で昌幸と幸村が圧倒されるシーンが、それだ。しかし、1582年に本能寺の変が勃発し、“織田政権”が崩壊することで、戦国期の日本は大きな混乱に陥るのだ。当然、織田家に身を寄せようとしていた真田家もその波に飲ま込まれ、新たな危機に陥る……。

 ますます面白くなる『真田丸』を見る前に、この記事を読み返して復習すれば、もっと面白くなりますよ!

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