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【武豊】夏になると思い出す“名牝との海外G1挑戦”

[週刊大衆2017年08月14日号]

 12年前の夏、戦う舞台を世界に求め、一頭の牝馬が海を渡りました。父・サンデーサイレンス、母・ダンシングキイ。母父は、米三冠を制した20世紀を代表する名馬・ニジンスキー。全弟にダンスインザダーク、全妹にダンスインザムードがいる超良血のお嬢様、ダンスパートナーです。

 僕が彼女とコンビを組んだのは、3走目となる「チューリップ賞」から。このときは、出遅れと4コーナーの不利が響いてハナ差の2着に終わりましたが、――これは、とんでもない女の子だ。跨っていて、ゾクゾクしたのを覚えています。

 続く、「桜花賞」も出遅れてクビ差の2着。ベガ、オグリローマンに続く3度目の勲章は逃しましたが、悔しさよりも、800メートル距離が延びる「オークス」に向けて、さらに自信を深めていました。

――東京競馬場の2400メートルなら力を出し切れる。それは、絶対的な自信でした。ここで、完璧な勝利を飾った彼女が次に目指したのが世界です。

 遠征初戦は、フランスのドーヴィル競馬場で行われたG3「ノネット賞」でした。日本ではお目にかかれない4頭立てで行われたレースは、ヨーロッパ特有のスローペースでスタート。ジリジリとするような我慢比べは、最後の直線で一気に火を噴きました。

 仏1000ギニーの優勝馬で、オークス2着のマティアラとの激しい叩き合い……最後はクビ差の2着でしたが、今でも、あのときの2着は、勝ちに等しい2着だったと思っています。その証左に、大目標だった続く仏G1「ヴェルメイユ賞」では、ヨーロッパの強豪馬たちを抑え、ダンスパートナーが堂々の1番人気に支持されたのです。

 遠征直後、――日本馬は避暑にでもやって来たのか。現地ではこう揶揄され、日本では無謀な挑戦といわれていた時代に、日本馬が海外のG1で1番人気となり、しかも、その彼女に騎乗できたことは、僕のジョッキー人生の中で大きな誇りであり、自信になったことは言うまでもありません。

 レースは大雨による馬場悪化の影響で力を出し切れず、優勝した馬から2馬身差の6着。史上初となる日本馬による海外G1制覇の夢は幻と消えましたが、環境から調教スタイル、レース形態まで異なる海外のレースで、はっきりと爪痕を残せたことは、海外を目指していた日本のホースマンの背中を押す結果になったと思います。

 帰国後は、「菊花賞」に挑戦するなど、誰も歩まなかった道を突き進んだダンスパートナー……昨年、繋養先の北海道千歳市にある社台ファームで、その馬生を終えましたが、後の、シーキングザパール、アグネスワールドに海外G1制覇への道を拓いてくれたのは、彼女でした。

 全身から汗が吹き出すような暑い夏……この時期になるとダンスパートナーを思い出します。

■武豊 プロフィール
1969年3月15日、京都生まれ。1987年の騎手デビュー以後、通算4000勝、日本人騎手初の海外GI制覇、年間200勝突破など数々の金字塔を打ち立て、現在も活躍中。

【武豊】夏になると思い出す“名牝との海外G1挑戦”

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