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青空球児(漫才師)「どっちかが死ぬまで解散はないよ。2人で1つだから」~昭和を生きた人間力

[週刊大衆2017年08月21日・28日号]

青空球児(漫才師)「どっちかが死ぬまで解散はないよ。2人で1つだから」~昭和を生きた人間力

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 今は、月に6、7日舞台に立って、5日ぐらいが地方で営業。調子いいときは、もうちょっと多いかな。70過ぎたら、ドッときたね。体が動かなくなるし、腰が痛くてさ。整形外科に行ったら、“加齢ですね”だって(笑)。もう、運転免許証返しちゃったんだから。

 それでも、俺たちの漫才は、動かないとウケないから、舞台でドタバタできなくなったら、おしまい。センターマイクで、言葉のキャッチボールでやっているやつらを見ると、こんなにうめーのかって思うもん。

 もう76歳になるけど、相変わらず舞台で動きまわるのは、正直きついよ。でも、やっぱり舞台に立つと、気がシャキっとするんだよな。だから、同窓会なんて行くと、“お前は若いな~”って言われるんだよ。客にウケたときは、どっかの国を獲ったような気持ちになるからね。“どんなもんだい”って感じ。

 もう、コンビを組んで53年だよ。仲がびっくりするほどいいってわけではないけど、一緒に酒も飲み行くしね。払いは、いつもアイツだけど(笑)。もうここまで来たら、どっちかが死ぬまで解散はないよ。2人で1つだから。若い頃は、解散の危機だってあったよ。漫才をやっていて、文句は出るじゃん。なんで、あそこでツッコまねえんだよとか。平気でそういうことを言ってた。

 でも、俺が持ってない何かをアイツは持っているような気がしてね。俺は、子どもの頃で言うと、ガキ大将タイプで、ガチャガチャしているほうなんだけど、アイツには、綺麗さがあるんだよ。今はジジイになっちゃったけどさ。コイツとやれば、売れるんじゃないかって思わせるものがあった。ある種、尊敬に近いのかもな。不思議な関係だよ。兄弟でも家族でもない。ただ、商売上つきあっているだけ(笑)。

 漫才だけで食ってこられたんだから幸せだよなあ。アルバイトをやったことないんだよ。今の若い人たちは、可哀想だよね。バイトしないと食っていけないんだもん。俺らの時代は、浅草に松竹演芸場っていうのがあって、そこに行くと、必ず先輩の芸人が出てる。すると、“飯食ったか?”って。この業界って、そういう面倒見がいいんだよ。

 だから、お金はなくても食う物には、困らなかった。家賃は、師匠のところに泣きついて借りにいったよ。当時は、師匠のコロムビア・トップ・ライトってすごい人気だったんだよ。初めにトップさんのところに行って、当時は大体1畳1000円で、4畳半だから4500円。それの5か月分だから、2万円ちょっと。“しょうがねえな”って金くれたの。

 でも、バクチが好きでね。その金を握って競馬場に行っちゃうの。やっぱり、なくなっちゃうんだよな。次にどうするかっていったら、もうトップさんのところには行けないから、今度はライトさんのところに行っちゃってね。ライトさんも金を貸してくれたんだけど、俺は仕事もねえし、することがねえから、行っちゃうんだよね競馬場に。

 失敗したのは、コロムビア・トップ・ライトってのは、コンビなんだよ。毎日、顔を合わせているわけ。それで、バレちゃってね。破門になっちゃった。

 こうやって昔を振り返ると、53年って長いよなー。たけしなんかも後輩だからさ。といっても、“おい、たけし”なんて言えないから、たまに会うときは、“監督”って。たけしも“ご無沙汰し……”って、ごにょごにょと返してくれる(笑)。

 でも、そんなに長いことやっている感覚はないんだよな。あっという間だった。長く続けてこられた秘訣は、色んなことを考えないことだろうなあ。

 この年になれば、もう元気に舞台に立ち続けられるだけでいいんだよ。いまさら、映画に出たいとかは思わない。あっ、でも主役ならやりたいね(笑)。セリフは、覚えられないだろうけど(笑)。

撮影/弦巻 勝

青空球児 あおぞら・きゅうじ
1941年8月17日、神奈川県横浜市生まれ。65年に青空球児・好児を結成。73年にNHK新人漫才コンクール優勝。79年に真打ち昇進。ゲロゲ~ロのギャグで一世を風靡し、現在は一般社団法人『漫才協会』会長を務める。

青空球児(漫才師)「どっちかが死ぬまで解散はないよ。2人で1つだから」~昭和を生きた人間力

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