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安美錦VS豪風、幕内大ベテラン同士の「がっぷり四つ対談」

[週刊大衆2017年11月27日号]

安美錦VS豪風、幕内大ベテラン同士の「がっぷり四つ対談」

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 今場所、ついに再入幕を果たした39歳と、彼が不在の間、最年長の看板を背負った38歳がトーク初顔合わせ。ハッケヨイ、のこった!

■最年長での再入幕!

――九州場所前の巡業、どう過ごされていましたか?

豪風(以下=豪) 相撲人気が復活して、巡業の数も増えてきました。移動、移動の毎日ですが、自分は(前日に)巡業先に乗り込んだら、その土地ごとにトレーニング場所を探して筋トレをしているんです。昨日の場合だと、今日の巡業をやっている体育館のジムで2時間くらい、地元の人たちと一緒に汗を流しました。

安美錦(以下=安) ストイックだなぁ……。俺も巡業先でトレーニングしたい気持ちはあるんだけど、(アキレス腱断裂の負傷以来)最近は土俵の中で鍛えるだけにしているんだよね。

――その安美錦関ですが、先の秋場所では十両2枚目で10勝を挙げて、優勝決定戦に進出。さらに幕内復帰も決めましたね!

豪 お帰りっ!

安 ありがとう(笑)。最年長での再入幕という記録はたまたまだけど、「やっと戻ってきた……」という感じだね。昨年の夏場所、アキレス腱を断裂して休場。十両に落ちてからの1年は、長いような短いような中身の濃い1年だった。途中、自分の相撲が取れなくなって、すごく悩んだけれど、「絶対に幕内に戻る」という気持ちだけは忘れずにいたつもりだ。だけど、まさか秋場所で、十両の優勝決定戦に出るとは思っていなかったなぁ。どうせなら、(同じく決定戦に出場した弟弟子の)誉富士と対戦してみたかったよ(笑)。

豪 安美(錦)関が帰ってくるまで、(幕内最年長の)自分が“番”を張っていましたよ! 安美関の場合、相撲が弱くなって十両に落ちたわけじゃなくて、大ケガが原因ですよね。そこから「這い上がろう!」という精神を持ち続けるのは、すごく難しいことだと思います。実は自分、安美関がリハビリに向かう姿をよく見かけていたんですよ。お互いの自宅が近いので、「今日も頑張っているんだな」って、陰ながらエールを送っていました。

■東北での高校生時代から接点があった2人

 現在、幕内力士の平均年齢は28~29歳。その中にあって奮闘しているのが、最年長、39歳の安美錦と38歳の豪風だ。安美錦は昨年のケガから見事に復帰。一方、171センチと幕内で最も小柄な豪風は、年齢を感じさせない素早い動きで、若手を翻弄している。1学年違いのこの2人、実は東北で過ごした高校時代から接点があったという。

豪 自分、高1のとき、安美関と対戦しているんです。

安 ウソだろ? 全然、覚えてないよ。

豪 東北新人大会の団体戦で対戦して、自分が負けたんですが、東北、特に青森県は相撲のレベルがメチャクチャ高いんですよ。そして次の年、国体を前にした青森県と秋田県の選手の合同合宿でも、一緒でした。社会人、大学生、高校生が集まって、稽古をしてチャンコを食べるんですが、一番格下の高校生は雑用が多くて、お昼のチャンコを食べた後はクタクタで昼寝をしないと体が持たないわけです。ところが、その貴重な昼寝の時間、安美関は本を読んでいた。

安 エッ? ヤバい本とかじゃないよね(笑)?

豪 「杉野森さん(安美錦の本名)、何読んでるんですか?」って聞いたら、自分は読んだことのないような小説だった。それ以来、安美関のことをずっと観察してるんですよ。だから、高卒で大相撲に入門すると聞いたときは、ちょっとビックリしたんです。

安 高3の頃は、体重が100キロちょっとで、ヒョロヒョロ(身長183センチ)だったからね。でも、高校生の頃から兄貴(元幕内・安壮富士)も入門していた安治川部屋(当時)で力士と一緒に稽古していたから、プロになることに抵抗がなかったのかもしれない。

豪 自分は当時、大相撲に行く気はなかったんです。身長が低かったし、実績もない。だから安美関みたいな細身の人が、あんなキツい世界に飛び込むなんて考えられないと思いました。でも当時から、右を取ったらデカい選手も引きずり回す力がありましたよね。

■入門後は順調に出世するが…

 平成9年初場所、鰺ヶ沢高を経て初土俵を踏んだ安美錦は、天性の“相撲のうまさ”もあって順調に出世。3年後の12年初場所、新十両に昇進する。一方、高校卒業後、中央大学に進んだ豪風は相撲部で活躍し、4年生のとき、学生横綱に輝いた。相撲に対する自信と、付け出し資格を得た豪風は、大相撲への入門を決意。周囲の反対を押し切って、14年夏場所、幕下15枚目格付け出しでデビュー。同年秋場所、所要2場所というスピードで十両昇進を決めた。

豪 安美関が新十両になったのって、確か21歳ですよね? その場所、アマ27冠で、“スーパールーキー”と騒がれていた琴光喜関を倒した相撲が、かっこよかったなぁ。

■ケガで手術するなど休場を余儀なくされ…

安 その年の名古屋場所で幕内に上がって敢闘賞もいただいたんだけど、一時、十両に落ちたり、それからしばらくは自分の相撲が固まらなかったような気がする。それで、25歳のとき、右ヒザ前十字靭帯損傷をやってしまって……。あのときは、それからずっとヒザのケガとつきあっていくとは思わなかったよ。

豪 自分も新入幕の場所(15年春場所)に、ヒザと足首を痛めて休場。それで十両に落ちて、なんとか3場所で幕内に復帰したんですが、翌年の秋頃から目を痛めてしまって……。ブチかましていく相撲を取る力士に多い網膜剥離でした。プロの世界の破壊力の強さを思い知らされましたね。でも、そのとき、ありがたかったのは、師匠(尾車親方=元大関・琴風)がすぐに手術の段取りをしてくださったことです。「お前は考え込むタイプだから、(手術をするかしないかで)悩む時間を与えてしまってはダメだ」ということで、考える間もなく、初めて全身麻酔での手術に臨んだんです。結果は“吉”と出ました。

安 お前みたいなタイプの力士は、目への衝撃も強いだろうからなぁ。俺もヒザのケガを繰り返して、そのたびに休場して……。気がついたら30歳を過ぎていた感じだよ。途中、自分でも何をやっているのか分からなくなって、「なんとなく相撲を取ってるんだったら、もう辞めよう」と思ったこともあった。でも、師匠(元横綱・旭富士)が怖くて、そんなことは言い出せなかったんだ(笑)。

■結婚して家庭を持つことで闘争心に火が!

豪 そうだったんですか。自分も目の手術の後も、いろいろな病気があったりして、ようやく平成17年夏場所から幕内に定着できるようになりました。結婚したのは、その翌年で27歳のときです。独身時より、もっと厳しい環境を作って、相撲から逃げられないようにした部分もありました。家庭を持ったことで、闘争心により火がつきました。

安 俺が結婚したのは34歳のとき。周囲はほとんど結婚していて「正直、自分は結婚とかするのかな?」なんて思っていたけど、結婚してすぐに長女、2年後に次女が生まれて、家族の存在がいかに大きいものかってことが分かったんだよね。そして、今年の7月には、長男が生まれて……。この前、大阪市で行われた巡業では、息子と一緒におそろいの化粧まわしで土俵入りもできた。子どもの成長を見ると、「まだまだ頑張らないと!」と思うよね。

豪 同感です。ウチの場合は、息子が4年生で娘が2年生。子どもは、父親と母親、2人の愛で育てていくべきものだと思っているんですが、力士の場合、1年の半分近くを留守にしますからね。子どもたちには「つらい思いをさせてるなぁ」と思っていますが、素直に育ってくれているので、妻には感謝しています。ウチの息子は、自分が中学時代に柔道部だったこともあって、柔道を習っていたんですが、最近、相撲に興味を持ち始めたんです。小学生の相撲は、大相撲と同じで無差別級ですから、小学生で100キロ近い選手もいるわけです。相撲に勝つためには体重も必要なんですが、息子は体が大きいほうじゃない。「おまえ、100キロになれるか?」と聞いたら、「無理だと思う」と言うので、「体重で階級が決まる柔道のほうがいいんじゃないか?」と、あえて相撲は勧めなかった。

安 その気持ち、分かるよ。ウチの場合、まだ小さいから実感は湧かないけれど、俺も自分からは勧めないだろうな。本人が「相撲をやりたい」と言ってきたら、「ダメだ」とは言わないかもしれないけど……。

豪 「父親と同じ仕事に就きたい」と言われると、悪い気はしないんですよね。

■横綱と戦える地位にいたい!

――家族の存在は大きいですよね。さて、ここで九州場所で対戦する力士や場所への意気込みを聞かせてください。現在、21歳の貴景勝、阿武咲といった若手が注目されていますね。

安 若いよな~。青森の後輩・阿武咲は入門前から注目しているけど、この巡業中もよく稽古をしてたし、ふだんから厳しい稽古を重ねているみたいじゃない? 何よりヤル気が前面に出ているところがいいよね。

豪 その2人もいいですけど、夏場所、ウチの部屋に入門して、九州場所で新入幕を決めた矢後(23)。大学の後輩でもあるんですが、マジメという言葉しか見当たらないくらいマジメなヤツなんです。相撲に対する、その部分は、後輩と言えども見習わなければならないと思っていますし、彼の存在がすごく刺激になっています。とはいえ、自分は秋場所、初日から5連敗して最後まで波に乗れないまま、アッという間に場所が終わってしまった。こんな感覚は初でした。

安 年だね(笑)!

豪 う~ん(笑)。振り返ると、8月の夏巡業から稽古のペースを上げ過ぎて、「オーバー稽古症候群」になっていた部分もあった。「ベテランは休むのも稽古だ」と師匠に言われているんだけど、自分は休む勇気のない力士なんですよ。自信がないから、つい、やり過ぎてしまうんですよ。やるとき、休むときのバランスが大切でしょうね。

安 俺は師匠に「休め」と言われたことはないけど、無理をしないことも大切なんだろうね。九州場所で、幕内に復帰。でも、俺の目標は「再入幕」というわけじゃない。いつでも三役を目指しているし、横綱と対戦できる地位にいたいと思っているんだ。東北人特有の“負けじ魂”なのかな?

豪 “東北魂”だと思います。自分も「対戦相手にも自分にも負けたくない」と思って、ここまで来ましたからね。今の目標は、もう一度、三賞を取ること。そして、「勝ち越して辞めたい」ということです。これまでの自分への褒美として、勝って引退したいんです。

安 ふ~ん、じゃあ、九州場所で勝ち越して辞めてもいいよ。俺が許す(笑)。

豪 それはあんまりじゃないですか、安美関~(笑)。

取材・文/武田葉月(ノンフィクションライター)

安美錦竜児(あみにしき・りゅうじ) 本名=杉野森竜児
昭和53年10月3日、青森県西津軽郡深浦町出身。小1で相撲クラブに入り、中高と相撲部で活躍。卒業後、安治川部屋(現・伊勢ヶ濱部屋)に入門。平成12年1月、新十両へ昇進し、同年7月場所で初入幕。同場所で初の敢闘賞。14年3月場所で初の技能賞、15年1月場所で横綱・貴乃花を初挑戦で破り、自身初となる金星を獲得。最高位は関脇。殊勲賞4回、技能賞6回、敢闘賞1回、金星8個。師匠の伊勢ヶ濱親方(元横綱・旭富士)は父の従兄弟に当たる。昨年、左アキレス腱を断裂する大ケガを負い、十両に陥落したが、この九州場所で見事、昭和以降最年長で幕内に返り咲いた。得意は右四つ、寄り。184センチ、142キロ。

豪風旭(たけかぜ・あきら) 本名=成田旭
昭和54年6月21日、秋田県北秋田市出身。中学3年間、柔道に打ち込んだ後、金足農高で相撲部に入部。中央大4年のときに学生横綱のタイトルを獲得し、尾車部屋に入門した。平成14年5月に初土俵を踏み、幕下を2場所、十両を3場所で通過し、15年3月に初入幕。20年1月に12勝を挙げ、初の三賞となる敢闘賞を受賞。翌場所、新小結に昇進。30歳を過ぎても進化し続け、26年名古屋場所で、横綱・日馬富士を破って初金星。35歳1か月での初金星は昭和以降の最年長記録。同年9月には35歳で新関脇に昇進し、戦後の最年長記録を更新した。最高位は西関脇。敢闘賞2回。金星1個。得意は突き、押し。171センチ、151キロ。幕内最小兵力士である。

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