日刊大衆TOP 社会

実録プロニートたち、これぞ新時代のライフスタイル!?

[ヴィーナス2017年12月05日号]

実録プロニートたち、これぞ新時代のライフスタイル!?

 激変する現代社会で彼らの暮らしは、天国か地獄か――。驚くべき”人類の進歩”である。1880年、かのカール・マルクスの娘婿、批評家のポール・ラファルグは“怠ける権利”を主張。いわく“人間が1日3時間以上、労働することを禁じる”といったものだが、それから130年あまりが経過、ようやく時代はこれに追いつき、追い越したのだ。労働は流行らない。勤勉は過去の遺産だ。これぞ、新時代のライフスタイル。働かなくても生きている!

■パワハラで会社を辞めるも国からガッポリ“見舞い金”

「会社を辞めたのは、うつ病になったから。上司のパワハラがひど過ぎました」 こう話すのは、元メーカー営業マンの男性・Nさん(32=以下同)。毎日、怒鳴られ、不条理な荷物の運搬や、過剰な量の倉庫作業を言いつけられ、そのうえで長時間のサービス残業という“労働デスロード”。Nさんの肉体と精神は崩壊した。足に妙な強張りを覚え、病院に行くと、“うつ病”と診断。当面の絶対安静を言い渡されたというのだ。「思い返せば、本も雑誌も読めなくなっていたし、まったく眠れていませんでした」

 こんな会社辞めてしまおう。場合によっては訴訟も辞さない。だが、労働問題に詳しい友人に相談すると、「労力もめちゃくちゃかかるうえに、勝訴となるケースでも、もらえる金も少額。正直、気力もなかったので諦めました」

 しかし、神はいた。「国の制度に“傷病手当金”というものがあって、病気やケガで働けなくなった人は、健康保険協会に申請することで、給料の約3分の2の額が1年半の間、支給されるというんです」

 ブラック企業に、国家の備えあり。会社を通じて申請する“労災”は面倒もかかるが、こちらは医師のサインがあれば大丈夫。会社から給料が払われなくても、お金の心配をすることなく、休職できたという。「申請してから知ったんですが、この“傷病手当金”は退職以降も有効。会社を辞める時点で、支給を受けていれば、それ以降も引き続き、給料の3分の2が支給されるんです」

 なんの未練もないNさんは、折を見て退職。現在は病状も良くなってきており、フラフラと無職生活を送っているという。「病気の完治はまだですが、ずっと軽い風邪を引きずっている感じですね。日中は、『PON!』『ヒルナンデス』とかを見て、ボーッと過ごしています。会社員時代と比べたら天国ですよ」

 むろん、これはうつ病だけのための制度ではない。デスクワークが多く、パソコン作業で首を痛めた(ストレートネック)30代女性のAさんもいて、彼女もまた無職だという。「働くと首は痛いけど、普段の生活なら大丈夫。ただ、そろそろ仕事したいかなって思っています。ちょっと無理すれば、働けるので……」(Aさん) オイオイ、正気か!?

■医大浪人で故郷にUターン、実家でネット&読者三昧

 東京の私立大学を卒業後、開業医である親の後を継ごうと医学部を再受験。それが地獄の始まりだったと言うのは、浪人生のTさん(36)。「最初から医学部を受ければよかったんですが、そのときは親も“好きなことをやってくれ”と言っていたので、文学部に入学しました。でも、卒業が見えてくると、“開業医”という道がチラついてきたんです」(Tさん=以下同)

 立派な父親に恥ずかしくない仕事に就こうと、広告代理店、証券会社などを回ったが、就職活動は奏功せず。コミュニケーション力の不足を感じたTさんは、ペーパーテストならいけると踏み、医学部受験を思い立ったというのだ。「最初の3年間は東京で、飲食店でアルバイトをしながら浪人生活。まるでダメでしたね。実家に戻って、勉強に専念することになりました」

 しかし、そうは問屋が卸さない。実家のある九州に帰っても、地元の友達はいるし、小遣いももらえないのでバイトもせざるをえない。勉学に打ち込めず、むろん受験は失敗続き。旧友たちは仕事にも慣れ、バーベキューや飲み会などを楽しむ一方、彼は鬱屈した日々を過ごしていた。「大学生活で、遊ぶことを覚えてしまったんでしょうね。10代の大学受験のときのようには、踏ん張りがきかなくなりました」

 昨年、熊本地震が起こった後は、無常感を覚えて、アルバイトも辞めた。ちょっとした貯金を切り崩して、浪人生活を送っている。だが、「受験も結果も出ないですし、そもそも勉強が向いてないのかなって思ってて。最近は漫画を古本で大人買いして読んだり、ネットのニュースサイトを掘って読んだりしています。ネトウヨのデマサイトとか、けっこう面白いんですよね」

 何を思ったか、YouTuberにもなってみたが、視聴者数は上がらず頓挫。稼げやしなかった。「あんまり考えないようにしていますけど、貯金がなくなったら働かなくちゃいけない。でも、どんな職につけば、親とか親戚に恥ずかしくないのか、まったく見当がつきませんね」

 両親はとっくに還暦を超えて、父にもリタイアの足音が聞こえてきている。Tさんの“次の一手”は何なのか?

■金持ち二世の友人である特権を生かし…

 東北で絵を売るギャラリーを経営するGさん(39)。もともとは東京でサラリーマンをやっていたという。「実家のある北陸の大学を出て、東京でデザイン関係の会社に就職しました。バリバリ仕事していましたね」(Gさん=以下同)

 だが、転機は突然到来。「同期入社の男と仲良くなったんですが、そいつ、オヤジが規格外の稼ぎ方をしている金持ちだったんです。不動産を運用している人だったんですが、物置同然で空いているスペースがあったので、“そこを使って、ギャラリーでもやらないか”と持ち掛けられました」

 少し東京に疲れていたというGさん。この話に乗っかろうと決めたという。物件は東北地方の某都市にあるビルの一角。「物置というか、廃墟同然の汚さでしたね。ゴミを捨て、コツコツ掃除をして、人が来ても良いくらいにキレイにしました」

 賃料は、“寝かせておいた土地だから”という理由でタダ。金持ち二世の友人である特権がフルに生きた恰好となった。「デザイン関係の仕事をしていた人脈から、絵を描けるアーティストに声を掛けて展示を企画しました。地元の人も来てくれるようになりました。たまに誰も来ない日もありますが」

 月に1回の展示で5万円の絵を10枚売れば、50万円。その半分が手数料として懐に入るので、余裕で生活できるはずだった。「世界は“アートバブル”といって賑わっているんですが、自分の知人のアーティストにはそう有名な人はいない。つまり、“買っても売れない絵”なので、ほぼほぼ売れないんですよね。日本でも、絵を買って、家に飾る習慣があればいいんですが……」

 世の中をディスっても始まらない。Gさんの主な収入源は、ギャラリー内で販売する飲み物類と、絵を使ったTシャツなどのグッズ類だという。「月収は月によってかなり変動がありますが、暮らしてはいけますね」

 とはいえ、寝泊まりする家を借りるのには厳しい額。ギャラリーの奥で寝袋を敷き、寝ているという。「食事は、近所のインドカレー店のテイクアウト。量も多いので、これを1日に3回に分けて食べています。東京で神経を擦り減らして働くより、100倍マシですよ」

 どう生きるかは結局、あなた次第!

実録プロニートたち、これぞ新時代のライフスタイル!?

この記事が気に入ったら
をしよう

いいね!

@taishujpさんをフォロー

大衆のオススメ


オススメタグ


人気記事ベスト10


日刊大衆公式チャンネル


Copyright(C) 日刊大衆 Futabasha Publishers Ltd. All rights Reserved.