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長生き達人たちの「ご長寿健康法」大公開!

[週刊大衆2018年01月22日号]

長生き達人たちの「ご長寿健康法」大公開!

 年が明け、また1つ年を取る。月日の流れに抗うことはできないが、いつまでも元気で長生きすることはできる。そんな“ご長寿達人”たちの健康法を紹介しよう。皆さんも、今年から実践してみては!?

■三浦雄一郎さん(85)“余命3年宣告”から世界の頂へ――

 最初に紹介するのは、世界の最高峰・エベレストの世界最高齢登頂記録(80歳)を持つプロスキーヤーの三浦雄一郎さん。まさに“長生き達人”の極みと言えるだろう。その超人的な体力と精神力を支えるものは、いったい何か。たっぷりと話を聞いてみた。

 若い頃は富士山や世界の名だたる山々をスキーで直滑降。70歳を超えてからは、世界の山々の登頂に挑み続ける山の鉄人・三浦さん。86歳になる今年も、世界第6位の高峰、チョー・オユー(チベット、8201メートル)に登り、スキー滑降する予定だ。だが、そんな三浦さんも、60代前半の頃、「500メートルの山に登るのも四苦八苦する」時期があったという。

「54歳のとき、世界七大陸の最高峰での滑降を制覇して、引退宣言をしたんですね。その後は講演会やデスクワークが中心の仕事をするようになったんですが、山にトライしなくていいから、飲み放題食べ放題で、ろくに運動もしなかった。そうしたら、あっという間に体重が90キロ近くなり(身長165センチ)、血圧は200近くまで上がって糖尿病や高脂血症にかかるという、完全なメタボになったんです。このままいけば余命3年と、医師から宣告されるほどでした」

 日焼けして、がっちり引き締まった現在の姿からは想像もできないが、当時は周囲から注意されても、“この年で今さら……”という気持ちがあり、運動しようとは思わなかったそうだ。その三浦さんを変えたのが、父の敬三さん(06年に101歳で逝去)だった。当時90歳を超えていた敬三さんが「99歳になったらモンブランを滑る」と宣言し、体を鍛え始めたのだ。「そんな父の姿を見て、私も負けてはいられないと思い、65歳のとき“70歳でエベレストに登る”という目標を立て、体を鍛え直すことを始めたんです」

 とはいえ、引退後の不摂生がたたり、最初は札幌市郊外にある500メートルの藻岩山に登るのでさえ息が上がり、遠足に来ていた幼稚園児に抜かされる始末だった。そこで1年目は1キロ、2年目は3キロのアンクルウエイトをつけ、外出時には常に20キロ近い重さのリュックを背負った。こうした地道な努力を5年間、コツコツと続け、70歳でエベレストに挑戦。世界最高齢での登頂成功はギネス記録にも認定された。

●ハートに火をつけた父の姿

「99歳の父がモンブランでのスキー滑降を実現したのは、その3か月前でした。私にスキーの楽しさを教えてくれたのも父だったんですが、65歳のときには、身をもって、人は何歳になっても進化できることを教えてくれました。本当に感謝しています」

 こう言いながら三浦さんは、部屋の壁に掛けてある雪山の美しい写真を見る。「これは父が晩年に、山岳写真家として撮った写真なんですよ」

 その顔は、なんとも穏やかで優しい表情だった。「同世代の友達に“山に登れるほど元気があっていい”と羨ましがられますが、違うんですよ。山に登るために体を鍛えることが、元気の源なんです」

 だが、三浦さんとて、老いはひしひしと迫っていると言う。取材前日、ゴルフをしたのだそうだが、「若い頃は200ヤードは軽かったのに、今は140~150ヤードしか飛ばない」と、少し悔しそうに話す。いやいや、ご立派! 十分飛んでますよ!!

「振りをどうにかしたら飛ぶんじゃないかとか、今の安い通販のクラブを替えたら、もっといけるんじゃないかとか、いろいろ考えているんですね(笑)。こんなものだと諦めずに、どうにか目標に近づこうと努力する。年を取っても、これを続けられることが、いつまでも若く健康でいられる秘訣じゃないでしょうか」

■内海桂子さん(95)「仕事をするのが長寿の秘訣」

 三浦雄一郎さんのように、80歳を過ぎて世界の最高峰に挑むのは、なかなか真似できることではない。しかし、超人的な体力を持たずとも、いつまでも若々しく、お元気な方はいる。御年95歳にして、今も月6~7回の舞台を務める漫才界のレジェンド・内海桂子さんにも、その健康の秘密を聞いてみた。

 12月中旬の土曜日。浅草にあるフランス座東洋館の舞台に内海桂子さんがトリで上がると「よっ、桂子師匠!」という掛け声とともに大きな拍手が沸き起こる。舞台で孫のような若い弟子2人と掛け合いを始め、弟子が詰まると、「ほら、ちゃんと口で返しなさいよ」

 困った様子の弟子を、「あんた、口で返すって言っても、キスじゃないのよ」と、いなして満員の観客を笑わせる。舞台のシメは得意の都々逸で、年季が入った三味線の音は、今も張りと艶がある。

 彼女の人気が不動のものとなったのは1950年、28歳のときに、故・内海好江さんとコンビを組んでからだった。その後、58年には、NHK新人漫才コンクールで優勝、82年には漫才師として初めて芸術選奨文部大臣賞を受賞するなど、実力と実績を積み上げた。それにしても、今もなお、現役バリバリで舞台に立てる元気の秘密は、いったい何なのか。東洋館の近くにある喫茶店で話を聞いた。

「健康法と言ってもねえ、私、特別なことは何もしてないのよ。あえて言えば、漫才の仕事で頭と体を使ってること。これかしら」

 初舞台は16歳のときで、以来、音曲漫才師として舞台やテレビを飛び回った。「芸人は人と同じことをしては人気が出ないし、新しいことにチャレンジしなくちゃダメ。こう思って無我夢中、一生懸命に突っ走ってきました。でも、そんなことの繰り返しをずっと続けてきたことで、体も気持ちも、若さを保ち続けられたんだと思います」

●88歳でツイッターを開設

 チャレンジ精神は80歳、90歳になっても衰えず、88歳のときにはツイッターを始めた。ツイッターは今も毎日書き続け、つい最近もタクシーに乗ったときのことを、こうつぶやいている。〈シートベルト着用の自動案内も結構大きな音量で流される。このままでいくと来年は(着用を)お願いしますからしなさいと命令口調になるか。高齢者はシートベルトを探している内に着いてしまう。〉

 若い頃から体は丈夫なほうだったが、80歳を超えると、ちょっとしたことで転んだり骨折したりするようになった。「年を取ると姿勢が悪くなり、体のバランスが取りづらくなるんです。それに猫背になると、気持ちまで老け込んでしまいます。これではいけないと、姿勢を気にするようになりました」 家に帰ると、すぐに茶の間の柱を背にして、姿勢を正す自我流の体操をするようになった。

 95歳にして現役でいられる、もう一つの秘密は、現在、マネージャーを兼ねている夫・成田常也さん(71)の存在も大きい。ちなみに、24歳年下の成田さんとは、約10年の熱愛を経て、77歳のときに結婚――婚姻届を提出したのは初めてだから“77歳の初婚妻”ということになる。

「周りは、夫のことを“棺桶担ぎ”だの“墓守り”だのと言ってるけど、夫は私の食事や健康のことを本当に気をつけてくれるんです。とても感謝しています」

 彼女の健康長寿の秘密は、愛する仕事と夫に恵まれたこと、なのかもしれない。

三浦雄一郎(みうら・ゆういちろう)
1932年10月12日、青森県生まれ。85歳。プロスキーヤー、登山家。70歳、75歳、80歳のときと、3度のエベレスト登頂経験を持つ。エベレストの最高齢登頂記録保持者。

内海桂子(うつみ・けいこ)
1922年9月12日、東京都生まれ。95歳。漫才師。10代の頃から漫才を始め、内海好江とのコンビによる音曲漫才で人気を博す。現在も、浅草・東洋館などで漫才の舞台に立ち続ける。

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