■シングルファザーとして家事も担っていた父

 そんな鍵山親子に試練が襲ったのは、2018年6月のことだった。

「正和さんが脳出血で倒れたのです。一命は取り留めましたが、正和さんの左半身には麻痺が残りました。父が倒れた当時、鍵山はまだ14歳でした」(前出のスポーツライター)

 しかも、2021年4月に発売された『女性自身』(光文社)によると、正和さんには離婚歴があり、シングルファザーとして鍵山を男手一つで育てていたという。

「スケートの練習から普段の家事まで、鍵山の身の回りのことはすべて正和さんが担っていたのですが、父の病をきっかけに鍵山は支えを失います。約半年にもおよんだ父の入院生活の間は、名古屋から鍵山の住む横浜に祖母が駆け付け、彼の生活を支えたそうです」(前同)

 その当時の心境を鍵山は、後にメディアのインタビューのなかで、「1人だったので……これからどうしようという感じだった」と、不安だった胸の内を打ち明けている。しかしこの父の病がきっかけとなり、鍵山に大きな変化が現れる。

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